その弐
「姫様……」
血の涙を流しながらも、沙月はそれでも己にかけられた呪いに敢然と立ち向かっていた。
「それにね、大丈夫なんだ。にーちゃが居るからもう大丈夫。何があっても、にーちゃが全部叶えてくれるよ」
全幅の信頼を兄に置いている光は全てを懸けた。「沙月ちゃん、無理をしちゃ駄目。その呪い、私を連れ去ることを命じているのでしょう? 問題ないよ。どこに攫われようとも、にーちゃが私を救い出すし、沙月ちゃんを助け出すよ。ここは、沙月ちゃんの命の懸けどころではないよ」
「姫、様?」
いつもの年齢よりも幼い言動の光とは違う、正に臣下のことを考えている上に立つ者としての神々しきまでの輝きを見せていた。
「大丈夫だよ。だって、沙月ちゃん、私を殺せと云う命令だったら、自害していたでしょう? 今、呪いに抵抗していると云うことは、死ぬまでもない指示だって事だもの。私はね、にーちゃも信じているけど、沙月ちゃんのことも強く信じているんだよ」
満面の笑みを浮かべ、沙月の顔を胸に抱きしめた。
「姫様ッ! 如何為された!」
不穏な気配を感じ取った兵四郎は慌ただしく光の元に駆け寄った。
「爺、大丈夫だよ。沙月ちゃんを助けるために、行ってくるね」
にこりと笑い、光は沙月を連れ立ち厩へと向かう。
「姫様ッ!」
「私のことはにーちゃがいるから大丈夫。だから、沙月ちゃんを責めないであげてね。誰かが悪いとしたら、間違いなく父様だから」
大人びた笑みを浮かべ、沙月を促した。
沙月は後ろ髪引かれる思いで、馬に乗り、光を連れ去る。
「ひ、姫様ァァァァァァァァッ!!」
兵四郎の叫びは、夜の静寂に響き渡るのだった。