その壱
その変化が訪れたのは日も落ちた逢魔が時も終わりの時間。
最初に気が付いたのはある意味で意外、近くにいたことを考えれば当然である光であった。
「沙月ちゃん、どうしたの?」
急にしゃがみ込み、のたうち回るのをぐっと堪えて耐えている沙月に光は心配そうに話しかける。
「ひ、姫様……。お、お逃げ下さい……」
己の中に湧き起こる、己以外の意志を必死に押さえ込みながら、沙月は自らが守らなくてはならない姫君に必死の想いで答える。「早く、早く右近様の元へ……」
「苦しいの?」
怖れることは何もないとばかりに、光は両手で沙月の顔を支えた。
「お願いです……。姫様……。私は、もう、貴女様を、裏切りたく無いッ!」
悲痛な叫びは、必死な抵抗となり、七孔噴血しながらも邪悪な意志を退ける。
「……無理しちゃ駄目だよ。私は、沙月ちゃんが苦しむ方が悲しいよ」
「いえ、姫様。私が苦しむのは自業自得。【旗幟八流】の当主足るならば、東大公家への忠誠を貫くべきだった。それを為さなかったが故の、この失態。命と引き替えにしてでも、今度こそは貴女を守り抜くッ! 私が私である今のうちに、右近様の元へお急ぎを! あの方ならば、私程度の使い手ならば如何様にも取り扱えるはず」
「それは私が望まない話なんだよ、沙月ちゃん」
静かに光は首を振り、「私にとって望む未来はね、沙月ちゃんもその中に入るんだよ。父様が欠けることも、沙月ちゃんが欠けることも私は認めない。だから、沙月ちゃん、無理をしちゃ駄目。爺は不器用だから、沙月ちゃんが生き残ることはないんだよ」と、決然とした表情で言ってのけた。




