その壱拾九
「云うは易く行うは難し、ですなあ、正に」
思わず苦笑しながら、眼下の絵図面を慶一郎は穴を空けんばかりに見る。
「我らが山越えする時点で、相手に気取られませんか?」
仁兵衛の疑問に、
「当然お主らが動いた時点で警戒し始めるじゃろうな。ただ、嫌という程攪乱はするがのお」
と、兵四郎はにやにや笑った。
「随分と人が悪そうなことを考えているみたいですねえ、先生」
「何、然程酷くはないよ。手始めに、代官所からお主らに似た背丈の者を選んで檄文を早馬で飛ばすのと、お主らに似た様な気配を持つ者を使者にして、オストシュタットの奉行所に駆け込ませる程度のことをするだけじゃ。どちらも偽物だと分かっていても、本人達を見つけ出すための材料にはならんだけじゃしのお」
「手始め、ね。他にも何をする気やら」
楽しそうに笑う兵四郎を見て、慶一郎は肩を竦めた。
「仁兵衛の云う通り、気取られはするじゃろうが、何をするかまでは読み切れまい。上様を救うか、それとも強襲に懸けるかを見切れぬ以上、いずれかに戦力を集中させるという博打は打つまいて。打って貰っても儂は一向に構わぬのじゃが、そこまで莫迦が揃っていたかのお?」
顎髭を扱きながら、視線を沙月へとやる。
「仁兵衛様のことを異様に怖れていましたから、むしろ宮城の警戒を厳重にする可能性の方が高いかもしれませんわ」
淀むことなく、沙月は自信満々に答えた。
「それはそれで癪に障るのお。儂も舐められたものじゃて」
殺気だった笑みを浮かべ、兵四郎は目を細めた。




