その壱拾六
「先生頭を上げて下さい」
慶一郎は慌てて仁兵衛を止める。
「子としての当然の責務です。気に為されぬよう」
仁兵衛は真剣な眼差しで兵四郎を見た。
「お主らの好意に甘えよう。故に急ぐ。夜半までに上様を確保し、払暁に仕掛けるのが理想じゃが、そうはいくまい。敵とてそれぐらいは予測しておろう。その上を行かねばならぬ。取り急ぎ為さねばならぬ事をお主らに任せる。即ち、宮城への潜入じゃ」
「先生が先程の策の説明で、俺にも上様の身柄を取り戻すことが重要なのは分かったんですがね、宮城にどうやって忍び込むというのですか?」
慶一郎は首を横に振る。「正直、俺にはそこが理解出来ない」
「ああ、お主が先程から無謀、正気を疑うなどと否定しておったのはその点か」
兵四郎は納得したとばかりに一つ頷いた。
「抜け穴でも使うんですかい? 本町と扶桑人街の冒険者互助組合に秘密の地下道が繋がっているって云う噂は聞いたことありますけどね、生憎宮城には続いていないでしょう、それ?」
「であろうな」
兵四郎は同意する。「ちなみに、その抜け穴は実在する。冒険者互助組合の東大公家から出向した目付役以上ならばその使用も許されるでな。敵方も知っておろうし、抑えに掛かっているじゃろうて」
「それにどちらにしろ、冒険者互助組合の酒場から宮城までは距離がある。潜入するには派手な動きになり過ぎよう」
仁兵衛は冷静に判断した。
「然り。仮に潜入出来たとて、【奥之院】があると思わしき場所までは遠すぎる。【旗幟八流】の当主を相手にすると仮定するならば、それまで大立ち回りをすることは避けておきたいからのお」
戯けた口調とは裏腹に、兵四郎は真剣な眼差しで盤上の絵図面を見据えた。