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御前試合騒動顛末  作者: 高橋太郎
第四章 潜入
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その壱拾五

「全く。誰も彼も敵に見えるとはのお」

 顎髭を扱きながら、兵四郎はぼやいた。

「当然、親父様もこのことに気が付いていたと云うことかな?」

 誰に言うとでも無し、仁兵衛は思わず呟いた。

「ふむ。その可能性は高いやもしれぬな」

 兵四郎は思いの(ほか)、真剣な表情でその疑問に答える。「敵方を思い通りに操る為に、敢えて情報を流して泳がすことぐらいやってのけられよう。裏切り者を捜すよりも、泳がせていた者を探す方が手っ取り早いやもしれぬな。この状況では、その様なことをしている暇はないが、上様を取り戻した後は考える必要があるやもしれぬ」

「もう勝った後のことを考えるんですか、先生?」

 呆れた口調で慶一郎は笑い飛ばす。

「その場その場の成り行きしか考えない者では、何も成し遂げることなぞ出来ぬわ。まずは落着すべき位置を認識し、その勝ち筋を見出し、反撃の間を与えず、己の最善を尽くす。一つの勝利に(おご)ることなく、次の勝利の為に万全の態勢をとり続ける。勝ちては兜の緒を締め、負けては雪辱の機に備えよ。一度東大公家の武者として生きると決めたならば、途中で投げ出すことなど許されぬ。全ては天下大義のために命を懸けよ」

 厳かなる口調で、静かに兵四郎は告げた。

 慶一郎と沙月は反射的に片膝を付き、首を垂れる。

 仁兵衛は瞑目し、その言葉を口の中で反芻(はんすう)する。

「今は分からずとも、いつか分かる日は来る。お主らが真に東大公家の大義を知る日が来れば、だがの。……まあ、お主らが知らぬ(まま)に死ねるとは思えぬがのお」

 最後の呟きに哀れみの思いを(にじ)ませる。「何はともあれ、まずは先も云った通り上様を救い出すこと。このことから始める。上様の無事を確保した後、儂が手勢を以て逆賊どもを打ち砕く。お主ら二人には辛い思いをさせるやもしれぬが、他にこれに(あた)う者が居らぬ。伏して頼む」

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