その壱拾四
「戦場往来している連中にすれば有名な話さ。“翠緑の颶風”と云えば、泣く子も黙る戦場の代名詞だからな」
我が事のように慶一郎は語って聞かせる。
「何、儂なぞまだまだよ」
兵四郎は首を横に振る。「雷文公様のように、戦わずして勝つことこそが目指すべき道よ。戦働きを怖れられるようでは、将として未熟」
「その威名が争いを避けるのにも役立ちましょうから、一概にそうとも云い切れないかと」
仁兵衛は思ったままに口にした。
「それまでに流した血の量が未熟を表すのよ。それを自戒として抱き続けるのみ。お主らは真似ぬようにな」
苦笑しながら、兵四郎はその場にいる若い者へ述懐した。
「先生の居場所が分からない限り、連中も大きな動きをすることはなさそうだな」
「現在盤面を唯一力押しでひっくり返せそうな存在だからな。その上、俺達が逃げ込んだ。玉を完全に取り込めていない以上、有利な状況を態々投げ出す真似もすまい」
ふと、なにやらおかしな様子の沙月を見て、「如何為された?」と、仁兵衛は尋ねた。
「いえ……、なにやら急な頭痛がしただけで。問題ありませんわ」
心配そうに見詰める光に沙月は頬笑み返す。
「ならば良いが。無理は為されぬ事だ」
打ち倒した手前、強く言えない仁兵衛は労る態度を示した。
「ま、俺も云えた口じゃないが、相棒と遣り合っている時点で無理をしている気もするがね」
冗談めかして慶一郎は戯けてみせる。「それに、無理して思い出す事はないさ。オストシュタットにいる【旗幟八流】の当主全員が怪しいと分かっていれば、それで充分。後は何とでもなるさね」




