その八
「ああ。成程。確かに、東大公殿下に在らせられては斯くなる事を予見していたと考えられますなあ」
苦笑しながら慶一郎は嫌味っぽく口にした。
「どういうことだ?」
仁兵衛は慶一郎を見た。
「まあ、平たく云えば、自分に手兵がいない状態で、相手を動きやすくしたらどうなるか分かりきっているから、包囲殲滅の為の手駒を外から呼び寄せるしかない訳だ。その為の正当な口実を先に用意しておいたという話だな」
そこまで言ってから慶一郎はふと考え込み、「先生、ここまで準備万端で、何で後の先が取れなかったんですかね?」と、真面目な顔で尋ねた。
「それよ。正にそれが問題よ」
我が意を得たりとばかりに膝を叩き、兵四郎は口調を強める。「あの何事にも周到な上様が相手に裏をかかれる。有り得ぬ、まず有り得ぬ。ならば、何があったのか。そこが問題よ」
「心当たりは?」
事の重大さに気が付き、慶一郎は深刻な表情を浮かべた。
「ない。あるとすれば、予測もしない大物が裏切っているとしか思えぬ」
兵四郎は静かにそう答えた。
「予測もしない、ねえ。俺と相棒は西中原東部域にはあまりいなかったんで、こっちのことには詳しくないんですがね、上様を取り巻く情勢は如何だったのです?」
嫌な予感を振り払うかのように、慶一郎は真面目な顔で問い糾した。
「良くもなし、悪くもなし。先代が乱世に向いた方ではなかった分、その後始末に苦労なされてはいるが無闇に敵を作っていたわけではない。その証左にアレよ、明田の連中が敵に回らなかったであろう?」