その参
「そこら辺は、な。光を見捨てることなど出来やしないし、親父様の助太刀をすることも吝かじゃない。ただ、なあ」
仁兵衛にしては珍しく言葉を濁した。
慶一郎はせっつくこともなく、ただ流れゆく光景を眺めていた。
「ただ、なあ」
仁兵衛は珍しく言いよどむ。「なんと云うべきか……一介の兵法者の為すべき仕事ではないだろうと思えてなあ」
「まあ、確かに。そいつは云えている」
慶一郎はあっさりと相鎚を打った。
「父親の仕事を手伝う、百歩譲ってこれは良しとしよう。御前試合に政の意図が絡まり、父のために勝ち抜く。これも問題ない。兵法者ならば、天下一の称号を目指すのは当然の理とも云える。その結果として、父上の為となるならば、喜んで引き受けよう。だが、この状況はどうだ? 既に戦ではないか。俺は兵法者であって、兵法家ではない。己の手に余ることを周りから期待されるというのは一体全体何だと云うのだ」
憤懣やりきれずとばかりに、一気に捲し立てた。
「そりゃ仕方あるまい。親父さんが親父さんなんだ。その上、お前さん自体剣の腕が滅法強いと来ている。周りの期待は高まる一方よ」
苦笑しながら、慶一郎は仁兵衛を宥めた。
「余計な話だ。俺はただ、剣の腕を磨き続けたいだけなのだがなあ」
静かに溜息を付くと、仁兵衛は川面を眺めた。
「それは贅沢な悩みだな」
慶一郎は笑い飛ばす。「兵法者ならば、誰しもが願う望みだ。それが得られるかどうかは別として、な」




