その八
「何、恥じることはない。元々アレは光に対して甘かったからのお。何かあれば、まず光を優先するだろうさ」
大したことないと言わんばかりの口ぶりで、帯刀は笑い飛ばした。
「その様に育てられた、と?」
「いや、それは違うぞ。光がアレに異様に懐いただけでの。その為か、兄としての自覚を強く有したようでの。アレが武者修行の旅に出ると決めた時の光の嘆きようと云ったらなかったぞ。まあ、その所為で光に甘いのだろうがの」
帯刀は小さく笑った。
「上様は、光様を御猶子に嫁がすおつもりで?」
「さて、そこまでは考えておらぬ。そうなるべくしてなるならそうするであろうし、その様な流れにならぬのであれば、無理を強いる気はない故にのお。あれほどの兵法者を縛り付けるのは愚者の為す事よ。更に付け加えるならば、冒険者としても評価が高い事を考えれば、その道に進ませることも東大公としての勤め故に、な。アレの決断次第であろうよ」
静かな口調で帯刀は述懐する。「まあ、余としてはどちらに転んでも構わないわけだ。此度の一件は打てる手を打った上での博打故にの」
「博打、でございますか?」
彦三郎は首を捻った。
「それはそうだ。余が何も考えずにこうなるまで放置していたと思うのかね? もっと早い時点でそうなるであろうという芽を摘むことは容易く出来たが、根を絶やすことは出来なかったであろうな。天下太平ならばその様な不満が時偶出てくること自体問題あるまいが、今は乱世よ。何よりも、信用という武器が得がたいものとして珍重される。その様な時に、この様な阿呆な莫迦騒ぎで意味もなく扶桑人の評判を落とすこともあるまい。であるならば、今この時に大きく噴出させ、膿を全て出し切るのよ。さすれば、一時だけの熱病の様なものだったと皆が思うだろうさ」
「そこまでお考えでしたか」
彦三郎は深く感心した。
「何、考える事が東大公の役目なれば考えるだけは考える事よ。幸いな事に、暇だからの、東大公というものは」
苦笑じみた表情を浮かべ、帯刀は自嘲する。「さてはて、これで余の打った手は全て表に出た。後は運を天に任せ、天命を待つのみ。良きにせよ、悪しきにせよ、一気に状況が動く。それにしても、誰が最初にこの場に辿り着くやら。楽しみかな、楽しみかな」




