その壱拾八
「あれが、のお」
何とも言えない表情で、兵四郎は呟く。「俄には信じられぬ話、よの。儂が知りうる限り、あれよりも深い忠誠を東大公家に誓っている【旗幟八流】の当主は思い当たらん。何かの間違いではないかの?」
「いえ、血判書の筆跡、花押の癖、到底間違えることなどあり得ませぬ。我が師のものでした」
沙月はきっぱりと言い放った。
「んー、俺もそれは怪しいと思うんだよなあ」
それまで黙っていた慶一郎がぽつりと呟いた。
「怪しいとは?」
自分の発言が信に足らないと言外に匂わされた気がしたのか、沙月は強い口調で問い返した。
「ああ、気を悪くしないでくれよ、沙月ちゃん。俺も個人的にあの人を知っているんでねえ。殿下を裏切るような真似をする方じゃないって思っただけのことさ。それに、沙月ちゃんだってあの人が裏切ったと聞いて首を傾げたんだろう?」
「それは……」
自信満々に答えてきた慶一郎に、沙月は言葉を濁した。
「儂も同感よ。あの者が上様を裏切るとは到底考えられんわ。いずこからか此度の一件を聞き、それに潜り込み密やかに情報を集めていたと考えた方がしっくりといく」
「私もそう信じたいのですけれど……」
師匠の動きを全て【義挙】を企てた連中から聞かされた上、その証拠を突きつけられた為に、沙月は二人ほど師匠の行動を信じ切れずにいた。
「まあよい。どちらにしろ、お主が【義挙】の側に立たねばならなかった理由は見えた。四名家の内、橘が一門を上げて動いたのならば仕方あるまい」




