その壱
柴原家の再開の宴は光が船を漕ぎ出したことでお開きの流れとなった。
宮の客間に仁兵衛と慶一郎を帯刀は招待しようとしたが、既に荷物持って動くには遅い時間だったので、明日から世話になると約束し、二階にとってある部屋へと戻っていった。帯刀は娘を背負って、鼻歌交じりのご機嫌な足取りで宮へと帰った。
残されたクラウスは、再び表の酒場に戻る。
いつもの席の隣に、先程の吟遊詩人が静かに酒を飲んでいた。
「おや、お疲れ様です。まだいたのですか?」
些か驚いた口調で、クラウスは声を掛ける。
「何、些か興味深い場所なのでね、ここは」
深みのある次低音声で吟遊詩人は朗々と答えた。
クラウスが席に座ると、何も云わずに親爺が緑茶を差し出す。
「どうも」
にこりと笑いそれを受け取り、隣に向けて高く掲げた。
吟遊詩人の方もそれに応じる。
「久しぶりだね。ところで長らくお会いしていないが、御父上は御壮健かね?」
「多分元気なんじゃないですかね? あの人が、無事じゃないのを想像すら出来ませんし」
クラウスは肩を竦めながら苦笑する。「それにしても些か意外でしたね。アル小父さんならリングラスハイムの方を興味深く思っていると考えていましたが」
「確かにあっちも厄介なのだがね。厄介なだけで、私好みではないのだよ」
アルはくぐもる笑いをしながら、肩を竦めて見せた。
「おやまあ。でも、小父さんがそう云うなら、あっちはさほど問題にはならないという事ですかね?」
「それでも、並みの使い手では解決出来ないだろうがねえ。いやはや、今度は如何なる英雄が生まれるのか、楽しみだな、それだけは」
洋杯を傾けながら、アルは遙か遠くに思いを馳せる。「それはそうと、君こそ何でここにいるのだね? てっきり、リングラスハイムの後始末をしているものかと思ったよ」