その壱拾参
「まあのお。あれとは古い付き合いじゃったんじゃが、先の大戦で討ち死にしては、な」
兵四郎は静かに溜息を付く。「全く、この年寄りばかりが生き残っていくわ」
「正直、先生が戦場で死ぬ姿を想像すら出来ないんですがね」
「儂とて武人よ。いずれは戦場で不覚を取る日も来るだろうさ」
慶一郎の軽口に重々しく厳かに答えた。
「そうなる前に、楽隠居している様に祈っていますよ」
それまでの軽口とは打って変わり、慶一郎は真摯な態度で告げる。
「まあ、好き好んで戦場で屍を晒す気はないから安心せえ。ただ、武人として、畳の上で死ぬことに多少の違和感を感じるだけじゃからのお」
「それもどうかと思うんですけどねえ」
あけすけに胸の内を明かされ、どう答えていいものか困り果て、思わず苦笑した。
「ふむ、又話が逸れておるな。姫様、この嬢ちゃんをいい加減目を覚まさせましょうぞ」
「うん、分かったー」
光は沙月の耳元まで行き、「沙月ちゃん、父様に見つかる前に起きなきゃ駄目だよー、また怒られるよー」と、声を掛けた。
途端、沙月はびくっと身体を痙攣させ、
「──ね、寝ていません……。起きて…いま……す」
と、夢うつつな寝言を返してきた。
「おお、おお。これは凄いの。【気】の使いすぎで身体が利かんはずなのに、意識を取り戻せるとはのお」
顎髭を扱きながら、くぐもった笑いを浮かべた。
「似た様な経験があるんですかねえ? 普通はこんだけ【気】を使ったら昏倒したまま起きられませんからなあ。【刃気一体】を覚えたての頃、はしゃいでよく失敗したもんですよ」




