その九
「と、云われますと?」
何を言い出したのかとばかり、仁兵衛は怪訝そうな顔を見せる。
「有無。お主らの戦いは予選決勝で見させて貰ったでな。大体のところは想像がつくのじゃが、その確証が欲しくて、の」
「はぁ。えっと、確か……」
思い出そうとする仁兵衛に、
(一刻ですわ、主様)
と、明火が助け船を出してきた。
「一刻ですね」
「一刻か。半時の中半、成程のお。儂の勘が当たったようじゃの」
にやりと笑い、一人得心がいったとばかりに顎髭を撫でた。
「先生、別におかしな話じゃないでしょうが。【旗幟八流】の当主同士の争いともなれば一時を越えるときだってあるでしょうに」
何を言い出すのだこの年寄りは、と言った表情を隠そうともせず慶一郎は呆れた口調で思わず突っ込みを入れた。
「まあのお。既に朱塗りの鞘を許されておるお主らには分かりにくい話やもしれんなあ」
ふむと一息吐き、「お主らには普通に出来ることが、出来ぬ者もおるという話じゃよ」と、怒りもせず真面目な顔をした。
得心がいかない二人を見て、
「まだ分からぬのか」
と、中半諦め顔で兵四郎は溜息を付いた。
「さて……。今まで戦ってきた強者の誰一人たりとも、この様なことになった事はなかった故に」
兵四郎の意図を読めず、仁兵衛は途方に暮れた。