その七
「それは如何なる話でしょうか、御老体」
何かしら感じるところがあったのか、仁兵衛は居住まいを正す。
「儂の憶測に過ぎぬ屋も知れぬ。故に、その娘に話を聞かねばならん」
厳しい目つきで、馬の上で気絶している沙月を見据える。「それにしても、五月雨流とは因果なものよ」
「それが、何か関係あるので?」
「まあの。因果は巡る糸車、というやつかの」
深々と溜息を付いてから、「さて、何処で聞き出したものかのお」と、呟いた。
「じーちゃ、痛いのは駄目だよ?」
心配そうに声を掛けてきた光を、
「ははははは、姫様は優しくていらっしゃる。なに、【旗幟八流】の当主ともなれば、穢されようが、痛めつけられようが話すまいとしたら何も話しますまい。儂はこれで無駄なことは嫌いでしてな。姫様が心配なさるようなことは一切起きませぬよ」
と、好々爺然とした表情で、光に語りかけた。
「うん! だから、爺大好き!」
光はぽふっと兵四郎に抱きつく。
厳つい相好を崩しでれでれする様はあたかも孫を慈しむ祖父の様であった。
「それにしても先生。よくもまあ、姫様に懐かれていますな」
意外そうな表情で、慶一郎は兵四郎に胸中をあけすけに告げた。
「当たり前じゃて。公には儂の最後の官職は近衛府の大将故にな。上様と姫様の側に侍って居った時期は割りと長いぞ」
にやりと笑い、そのまま光の頭を優しく撫でる。
「こいつの親父さんが東大公位を継承されてから、表向きの引退するまでの間でしょう? 確かに、並みの者よりは長く側に侍っていたんでしょうが、それでもそこまで懐かれる長さじゃないでしょうが」
釈然としない顔で、慶一郎は首を傾げた。