その六
「嘘を云うな、若造。儂は“虹の小太刀”を持ち合わせておらんわ」
憮然とした表情を浮かべる兵四郎に、
「そちらこそ。“虹の小太刀”を手に入れる機会があった癖に、【旗幟八流】の当主となることを辞退したのはどこのどちらさんでしたっけ?」
と、些か皮肉っぽく言い返した。
「フン。この年寄りが、今更当主じゃと? 笑わせてくれおる。それではまるで、儂らの流派が後継者育成に失敗したみたいではないか。儂のような年寄りを態々持ち出さなくとも、申し分ない奴が居ったわ」
鼻を鳴らし、顎髭を撫でる。「それにな、“虹の小太刀”はそんなに軽いモノではないわ。史上片手の指で数えられるしかいない理由を考えても見よ。それになあ、乱世でしか生まれぬ称号など、上様の恥でしかないわ」
「確かに戦はない方が優れた治世を示すことになりましょうな。残念ながら、今は乱世ですが」
「ああ、乱世だな」
慶一郎は仁兵衛の言に相槌を打つ。「だからこそ、爺さんや、兄者が“虹の小太刀”を有すべきなのよ。跳ねっ返りどもを黙らせる為にもな」
「今更云うでないわ、ひよっこどもが。……まあ、此度の件は、儂ら年寄りが抑えきれなかったことに端を発したことに間違いはあるまいが、な」
苦々しい表情で兵四郎は毒突いた。
「ん? もしかして、爺さん。今回の件の裏を知っているのか?」
妙に歯切れが悪く、含むところがありそうな兵四郎を見て、慶一郎は首を傾げた。
「今回のは知らんわ。されど、似た様な話ならば良く知っておる」
「そら、“一統派”は何年周期で威勢が良くなりますからなあ。年寄りなら知っていて当然という話でしょうが」
にやにやと笑いながら揶揄する慶一郎に対し、
「それもそうじゃが、これは違う話じゃ。儂の気のせいでなければ、同じような計画がまだ儂が現役だった頃にあったんじゃよ」
と、硬い表情で兵四郎は返した。




