その五
「やれやれ。挨拶をする機会を逸したねえ」
困った顔で苦笑する慶一郎に対し、
「そりゃ、儂の台詞じゃ、この若造が! これでは、道化ではないか!」
と、老人は食って掛かった。
「ははははは、泣く子と地頭には勝てぬと云うじゃないですか、先生」
誤魔化すかのように、慶一郎は笑い飛ばす。
「はっ! ぬけぬけと良くも云いおるわい」
豪快に笑いながら、「儂は平崎兵四郎じゃ。お前さんが殿下秘蔵の弟子か」と、老人は改めて仁兵衛の方を向いた。
「中原浪人、綺堂仁兵衛。以後、宜しくお願いいたします」
妹が引っ付いて離れない為、軽く会釈をするに留まった。
「くわはっはっはっ、帯刀の弟子とは思えん程、冷静じゃの」
妹が決して兵四郎の間合いに入らないよう素人目では気が付かない細かい動きで牽制している様を見て、満足げな笑みを浮かべた。
「試すこたあないのに、年寄りってヤツは意地が悪いねえ」
「黙らっしゃい! 上様と姫様の第一の守り手となるからには、儂如き片手で捻る腕の持ち主でないと認められぬわ!」
「無茶云うな、爺さん。あんた、腐っても“虹の小太刀”の持ち主だろうが」
呆れた口調で慶一郎は首を横に振った。
「“虹の小太刀”?!」
仁兵衛は思わず驚きの声を上げる。
“虹の小太刀”。
初代が定めた小太刀の飾り全てを使うことが許された者が周りから呼び慣わされる特別な称号である。別段特別にその様な称号がある訳ではないが、東大公家に属する武人として主家にあらゆる面で貢献したという証明として敬意と羨望の念を持って呼ばれ始めた。
千年弱の東大公家の歴史の中でも、実際にそこまで至ったのは片手の指で数える程度。【旗幟八流】の当主の証である紫と将として兵を率いて功績を与えられた者の証となる青の二つ、特殊なものとして【冒険者互助組合】に格段の貢献した者が特別に南大公から与えられる緑が足りなくて達せない者が数多く存在してきた。