その四拾七
「淵に潜みし竜は天に昇りて慈雨を与えん」
厳かに沙月は扶桑人に伝わる俚諺をまるで祈るかの様に呟く。「慈雨、五月雨となりて、邪を洗い流さん」
極限まで集中した精神は悲鳴を上げる肉体の悲鳴を無視し、明鏡止水の境地に達する。
目では無く、心眼にて魔王直上目掛けて番えた矢を放った。
虚空に放たれた矢は、竜の咆吼を伴い、弾け飛ぶ。
無数に割れた細かい気が五月雨の様に魔王の触手や骨に降り注ぎ、仁兵衛の行く手を切り開いた。
薄れゆく意識の中、無事に魔王へと突っ込んでいく仁兵衛を確りと見届け、その場に崩れ落ちていった。
──人間如きが……
「ならば、その人の思いの丈、その身で篤と味わえ!」
魔王を大喝し、右上段からの袈裟切りを抜けて打つ。
残心を崩さず、仁兵衛はゆったりした動きで振り返った。
どこからともなく、一陣の風がさあっと吹き込み、それが引き金だったかの様に物言わぬ魔王の身体が静かに崩れ去り始めた。
「天日神刀流を滅ぼし、我らが開祖武幻斉刃雅をして戦う事無かれと云わせしめた伝説の剣技。雷文公が縁あって我らが流派に組み入れた奥義の名を【必勝】という」
冥土の土産とばかりに、仁兵衛は淡々と己の一手の来歴を語った。
同時に消え去っていく混沌と眷属を確認してから、金剛丸を取り出した懐紙で拭き取り、宙へと投げ捨てる。
舞い散る懐紙の中、にやりと笑って寄越した慶一郎を見て、
「これにて、一件落着」
と、笑い返すのだった。




