その四拾壱
「御迷惑をお掛けしたみたいですね。申し訳ありません、綺堂様」
沙月はふらつきながらも、三つ指突いて謝罪をした。
「いや、あんなのが裏に居れば仕方の無いことだ。それと、無理はするな」
仁兵衛は懇ろな言葉を沙月に掛ける。
「これでも【旗幟八流】の当主の一人。斯様な手落ちは一門の恥。それを雪げず、主家に弓引いてしまった今、腹を切らねば誇りは守れませぬ。しかし、腹を切る前に一矢報いねば、死んでも死にきれず。なにとぞ殿下、私に死に場所を賜りたく」
真剣な眼差しで沙月は仁兵衛を見詰めながら言った。
「……俺は、一介の兵法者に過ぎないよ?」
困惑を隠しきれず、仁兵衛は応える。
「原の現当主の見立てと上様の振る舞いを見れば、殿下が貴人であることに察しは付きます。それに、当家にも金剛丸の由来は伝わっております。貴方様こそ、最も東大公に近く相応しい血筋を引いておられます。柴原仁兵衛様」
思わず見蕩れてしまいそうな優雅な所作で沙月は平伏した。
「誰も彼も、俺が知らないことを勝手に云い募る。全く、どういうことだろうな、これは」
事の次第に付いていけないとばかりに、仁兵衛は苦笑する。「まあ、良いさ。俺は俺でしか無い。やれることをやるだけだ。……その結界より先に出ない限り、好きに動けば良い。ただし、一矢だ。それ以上は許さん」
仁兵衛の見立てでは、魔王の呪いの為に沙月は動くことすら億劫のはずであった。その状態で、呪いの元に弓引くことなど自殺行為以外の何ものでもない。
だが、どうせ止めても何かをやらかすのは間違いない。ならば、限定した仕事を命じておけば、動きを制御出来るし、無駄死にさせることも無い。
素早くそう計算した仁兵衛は結果的に何もせずに済むであろう指示を出したのだ。




