その四拾
「左太刀で立ち回るわけにはいかないのですか?」
明火は主に己の意見を提案した。
「俺もそこまでは自惚れていない。左太刀の足回りでは、魔王の元まで辿り着けん」
魔王の元に斬り込む道筋を想定しながら、仁兵衛は脳内で何度も算盤を弾く。「……一体どういう風の吹きまわしだ? お前さんがそこまで俺の太刀に拘ったことは無かった様に思っていたが」
「口に出さぬだけで、気にはなっておりました。右太刀と左太刀では刃に乗せられている意志の力に違いがありすぎます。その一撃に対する己への信が全く以て」
竜から見た仁兵衛の左太刀と右太刀の違いを正直に明火は言った。
「ああ、成程。それならば納得がいく。確かに、俺は右太刀よりも左太刀の方を深く信じている。親父に出会うまでは左太刀で生き存えてきたし、親父から左太刀右上段の神刀流に於ける太刀名義を聞いた後は猶更だ。右太刀は親父から習った剣だから信じていないわけでは無いが、やはり、俺にとって左太刀右上段だけは別格だな」
自信満々に仁兵衛はにやりと笑う。
「はい。主様の左太刀右上段と私の力を合わせれば、あの魔王ならばどうとでも料理出来ます」
阿諛追従などでは無く、明火は心の奥底から信じていることを言ってのけた。
「……それ故に、親父様は俺の左太刀を封じたのだろうがなあ」
仁兵衛は大きく溜息を付く。「手加減出来ない必殺の一撃など、この様な場面でしか役にたたん。剣術を商売道具にするには不要と云えば不要。親父様は俺には人間相手をしていて欲しかったのだろうと思うが、当主に推挙する気があるのならばそうも云えないだろうに」
「……それこそ親心という物でしょう」
意外な人物から声を掛けられ、思わず仁兵衛は絶句する。
明火はあからさまに警戒心を露わに、殺気を飛ばす。




