その壱
人気のないオストシュタット扶桑人街を疾駆で駆け抜け、仁兵衛は真っ直ぐ目的の山へと直走る。
(主様、このまま向かってもよろしいのですか?)
流石に追っ手や何らかの方法で視られている危惧を持ったのか、明火が仁兵衛に声を掛ける。
(構わん。どうせ、向こうがこちらを案内してくれない限りたどり着けない。俺達から見えないところで追って来たところで、見失うだけだ)
仁兵衛は自信満々に明火に答えた。
(ああ、そういうことですの)
明火は直ぐにその意図を読み取った。
山にいるとされる教導隊は東大公家の中でも特殊な存在である。
自由都市、もしくは何らかの貸し借りのある中原諸侯と契約が結ばれた時にのみ東大公家の軍勢は初めて動く。
決して、自らの私欲のために動くことはなく、東大公家を名指しして攻め込まれることでもない限り、自らのために働くことはない。異邦の民である自分たちを迎え入れてくれた中原、即ちアルスラント皇国の為にのみ働く。それが東大公家の意義であり、意地である。
同じく異邦の民である北大公家は、古の昔に皇家を救った功績により、傭兵として中原で戦働きをすることを王家より許されており、北大公家はそれにより得た報酬で糧を得ていた。東大公家も又、その前例に従い、聖皇パルジヴァルがその権利を与えていた。
その特権を活用し、東大公家は自らの兵を持ち難い自由都市と強く結びつくことで外貨を得ると同時に、祖法を頑なに守るという姿勢から生まれる信用を武器として交易を行うことで巨万の富を有している。
これに【冒険者互助組合】より上がる利益も足しあわせれば莫大な資産となり、東大公家をして中原最高の分限者と言わせしめるに至った。