その参拾
──さて、動かぬ事だ。別に動いても良いのだぞ? まあ、その場合はこの娘達を殺すがのお
父親を守ろうとしていた仁兵衛を牽制する。
仁兵衛は苦渋に満ちた表情を浮かべ、歯軋りをした。
──クカカカ、愉悦、正に至極の時。これこそ絶対者の……
「で、その人質とやらはどこに居るのかねえ?」
カラカラと豪傑笑いをし、その男は宙で見得を切る。「押し掛け助っ人、原慶一郎、只今遅参。高々魔王風情が人間様を出し抜けると思うなよ?」
「慶一郎?!」
流石の展開に、仁兵衛は面食らった。
仁兵衛の目をしても見抜けぬ速さで触手の檻を掻い潜り、光と沙月を雷獣に引き上げていたのだ。
「いよォ、相棒。その間抜け面を拝めただけでも、無理を通した甲斐があったもんだぜえ?」
宙を舞う雷獣に跨がり、慶一郎はその場を見下ろす。「沙月ちゃんが姫様を連れて歩いている姿を見た時は、何が起きているのか分からなかったが、成程成程。魔王の呪いたあ、流石にこの俺も見抜けなかったぜ」
──貴様、余の楽しみを邪魔するとは、覚悟は出来ているのであろうな?
怒りを隠そうともせず、魔王は慶一郎に敵意を向けた。
「あ? 覚悟だあ? 下らないねえ」
ニヤニヤ笑いながら、慶一郎は仁兵衛の傍に寄る。「そんなもん、戦人たるこの俺がしていないものとでも? 活きる時は活きる、死ぬる時は死ぬるものだぜ、魔王さんよお。死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死すものなりってな。昔の偉い人は良いことを云うもんだぜ。要はお前さん、油断しすぎって奴だ」
今度は帯刀の周りの触手を斬り払い、雷獣を床に降ろす。そのまま、帯刀の傍に当て身で気絶させた沙月と失神した光を降ろし、ゆっくりとした動きで弭槍を構える。




