その五
そして、それを知らずにこの酒場に入った者は不幸である。
何故ならば、ここに来るよりは邪悪な巨人の里なり、龍の巣穴なり、悪魔召還士の館なり、伝説の幻獣を相手する方が容易い事なのだ。それを為せない者が敵意を持ってやって来れば、どう足掻いても返り討ちしかあり得ない。
「流石の僕でも、使者を血祭りに上げるような真似はしでかす気はありません。ただし、発言を撤回する気は更々ありませんので、お早めに貴方の主に伝えてあげなさい。【冒険者互助組合】が敵に回ったという事を、ね」
動く意志すら失った男に噛み砕くように説明した後、クラウスは使者を蹴り飛ばして表に追いやった。
それで我に返った使者は、情けない声を上げ、屁っ放り腰のまま転びまろびつ逃げていった。
「やれやれ。根性のない話ですね」
クラウスの冷笑に、周りは哄笑で答える。「さて、やるからには徹底的に、です。さっさと準備をしてきなさい。先手を打ちますよ。僕の準備より遅れて出てきたら、全てが終わった後でこの場にいる全員に奢りですよ?」
それを聞くやいなや、全員が慌てて二階にとってある自分の部屋へと急ぐ。クラウスがこの種の宣言を冗談にする事はなかったし、実際、喧嘩を売った相手が攻め込んでくるのは分かりきった事だから急ぐに越した事はなかった。
全員が酒場からいなくなった後、
(僕の出来る援護はこの程度ですよ。後は何とかしてくださいよ、東大公殿)
そう心の中で独りごち、クラウスは悠々と自分の部屋へと戻っていった。




