その壱拾八
「にーちゃっ!」
駆け出そうとする光を血涙流しながら取り押さえている沙月の姿を見て、仁兵衛は全てを悟った。
「……そうか、彼女に呪いをかけたのは貴様か、下種が」
怒りに打ち震えながら、それでも感情を表に出さず、仁兵衛は言葉を絞り出す。
「戦いとは実際に干戈を交える前に勝敗を付けるものよ。全てを己の腕だけで片付けるなど、匹夫の剣。上に立つ者のやる事では無いわ」
得意満面とばかりに畳み掛け、「さあ、武器を捨てて貰おうか、綺堂仁兵衛」と、再び勧告した。
仁兵衛は父親の前まで下がり、構えを崩さずに居た。
「ほぅ、妹の命が惜しくないと見える」
彦三郎のその台詞と同時に、光を取り押さえている反対の手で沙月は小太刀を首筋に当てる。しかし、その手は必死に反抗しようとカタカタと震えており、無理をすればするほど沙月の顔は苦痛にまみれていった。
(……無念。最早ここまでか)
沙月が嬉々として光に害意を有していたら最後まで仁兵衛は抵抗しただろう。
しかし、必死に抗う沙月の姿を見て、仁兵衛の心はある意味で折れた。
それでも、魔王相手に武装解除をする愚かしさを冒すほど、愚かでは無かった。
構えを解き、太刀を鞘に納める。
「こちらの云うことを聞かぬのか?」
勝ち誇った表情で彦三郎は脅しを掛けてきた。
「魔王の甘言に乗るほど、俺は無能では無い。光の命の保証を得るまでは、降らぬ」
仁兵衛は警戒を解こうともせず、彦三郎を睨む。




