その壱拾六
(主様が討てない敵ならば致し方ありませんわ。それに、こちらの方が好都合やも知れません)
もし、実体があれば明火は艶然と笑っていただろう。仁兵衛がそう感じるほど御機嫌な様子で明火が返事をしてきた。
(どうして竜という連中は世界を守れる場面になると嬉々とし出すのだろうね)
一見苦笑しているような雰囲気で仁兵衛は昂ぶる。(全く以て度し難い。ああ、本当に度し難いよ、俺も)
魔王の気配が充満すればする程、仁兵衛と明火の気は猛り狂う。
世界に仇なすものに対し、竜の因子が強く反応するのだ。
敵を倒せ、と。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
一方、致命的な傷を受けた所為か、彦三郎の肉体再生が先程までのものとは比にならない程急激に、それも本人の意志で制御出来ているのか怪しいぐらいの性急さで行われていた。
そして、当然のように魔王の力はその分多く放出されている。
それこそ、勘が悪い者でも嫌な気配を察知出来るくらいには。
当然、気の察知を得意としている者ならば、何が起きているのかを把握出来たであろう。
(さて、鬼が出るか、蛇が出るか)
楽しそうに相手の出方を仁兵衛は待ち構える。
未だに絶叫しながらも回復を続ける彦三郎は、懐に手をやると一本の扇を強く握りしめながら取り出した。
(主様。あれです)
それから放出される禍々しき混沌の気配に多少気圧されながら、明火は仁兵衛に告げる。
(……鉄扇、か? 父上の物と瓜二つのようだが……)
稽古の時にしこたま父親の鉄扇で叩かれ続けていた仁兵衛にとって、その姿形は見慣れた物であった。




