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御前試合騒動顛末  作者: 高橋太郎
第六章 魔王
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その参

 彦三郎は肩から切り取られた右手を左手と同じように融合させると、帯刀を気にする事もなくゆらりと振り向いた。

(中途半端だな)

 心中でぽつりと仁兵衛は呟いた。

(何がですか?)

 自身も何らかの違和感を感じていた為に、明火は主の疑問に対して敏感に反応した。

(何もかもだ。俺の一撃も、敵の姿形も、その動きも。どうにも腑に落ちん)

 内面の焦りを表には出さず、仁兵衛はじっと彦三郎を観察する。(魔王に浸食されているのに人の形を保ち続けているのは何故だ? ()の混沌たる魔王を喰らって正気の儘でいられるはずは無い。ならば、何がそれを可能にしている)

 流石にその質問に対して明火は何も答えられなかった。

 事実、仁兵衛の疑問は明火からしてみても尤もなものだった。

 混沌の勢力の中でも混沌そのものを己が身に取り込み無事でいられるものなどそうは多くない。逆を言えば、混沌そのものを受け入れられる存在など数える程度しかいないのだ。ましてや、人類種でその様な真似をできる者がいるかと言えば、まずいない。余程の英雄か、神の領域に達した者の中でも一握りの者が漸く意志の力で押し込めるかどうかと言うものである。

 そして、魔王はその数少ないものの中でも特筆するべき存在であり、混沌の化身と言っても過言では無い化け物である。

 だからこそ、人の身で魔王を受け入れればあっと言う間に何もかも混沌に犯され発狂して精神崩壊する。中には魔王と相対しただけでも精神に異常を来す者もいる。仁兵衛も片手の指で数える程度しか魔王と相対していないとはいえ、その様な場面をいくらかは見てきていた。

 例え【旗幟八流】の当主であろうと、ものには限度があるし、あそこまで名状しがたき変貌を遂げたのに本人の意志らしきものが残っていること自体が何かおかしかった。

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