その壱
虫の知らせか、クラウスが目を覚ましたとき、階下の酒場が少しばかり騒がしかった。
(やれやれ、やはり何かが起きましたか)
つまらなそうに欠伸をしてから、手早く身支度をして、押っ取り刀で酒場に駆け下りる。
その音に気が付いた連中がクラウスの姿を見て、
「クラウスの兄ィ、大変ですぜ!」
と、その中の一人が声を掛けてきた。
「でしょうねえ。一応聞いておきますと、何がありました?」
大体起こっているだろう事を想定しながらも、クラウスは声を掛けてきた男に返事を促す。
「宮城の方にそこそこの武装した連中が隊をなして向かっていやす。今、身軽なヤツが密やかに町中を探っているところでやんす」
男は手短にクラウスに現状を報告した。
この男は、偶にしかこの店に巡回してこないクラウスですら顔を覚えている熟練の冒険者であり、当然のようにクラウスの背景を知っていた。むしろ、この店にいる冒険者でクラウスの事情に疎い者はまずいないのだが。
「ご苦労様です。東大公家の急進派が動いたってところでしょうね。根回しを受けた者はこの中にいますか?」
その場にいる全員が顔を見合わせるが、誰も反応しなかった。
「そういうクラウス兄さんは?」
「僕ですか? 僕の情報網にはそれらしい話は入ってきましたけど、残念ながら誰も声を掛けてきてくれませんでしたよ。舐められたモノです」
底冷えするかのような笑みを浮かべ、クラウスはぽつりと呟く。
今一度説明すれば、この場にいる冒険者はかなり目端の利いた連中であり、クラウスの正体を知っていたり、薄々感づいたりしている者ばかりである。従って、今のクラウスの台詞の裏にあるモノを容易に想像できるという事であり、全員が全員ゾッとした。