その参拾五
驚くべき速さで間合いに入り込み、容赦なく片鎌槍を勢いの儘突き出してきた。
慶一郎は為す術もなく貫かれる。
「流石に黒風だったら負けてましたな」
何事もなかったかの様に、先程まで与次郎がいた辺りまで移動していた慶一郎が声を掛けた。
「貴様、いつの間に?」
手応えが無かった事で実体を刺したわけでは無い事に気が付いてはいたが、流石に瞬時に元居た場所に移動されたことまでは気が付いてはいなかった。
「ついさっきですよ。こいつの移動は文字通り雷光石火ですから」
世間話をする調子で慶一郎は何事もなかったかの様に答える。「云ったでしょう? こいつは人間を相手に使うべきでは無い存在だと。人が相手をするには強すぎるのですよ。何せ、広義で云うところの竜には間違いないのですからね」
慶一郎の言を聞き、思わず与次郎は呻った。
限りなく龍に近い竜とは言え、紛う事なき竜である事には間違いない。最強の生物である龍よりも実体化した竜の方が何もかも優れている。アルスラント皇国最強と謳われる龍騎士ですら龍を御するのが精一杯であり、竜を見出し、盟約を交わしたという話は聞かない。その様な技術も知識も伝承していない東大公家をば、と言う話である。
目の前に居る弟子は、あらゆる意味で常識を逸していた。
「さて、師匠に敬意を表してもう少しゆるりと勝負したい処なのですが、我が友を待たせていますのでね。次の一撃で終わりと致しましょう」
そう言うと、気息を整え、弭槍を静かに構える。
瞬時に危険を感じ取った与次郎は受ける姿勢を取ったが、
「がはッ!」
と、次の瞬間には建屋の壁にめり込んでいた。




