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御前試合騒動顛末  作者: 高橋太郎
第五章 師弟
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その弐拾参

 明火の助言に何らかの違和感を感じつつも、仁兵衛は他にこの状況を説明し得る何かを持っていなかった。

 どちらにしろ、悩み続けるという選択は許されていなかったので、仁兵衛はあらゆる意味で決断を迫られていた。

(……仕掛けるぞ。罠が在ろうとも、罠ごと砕く!)

 悩みも迷いも全て一瞬で捨て去り、己の全てを眼前の敵に叩き付ける決意を定めた。

(未だに向背定かではないものも居るようですが?)

 その心根が何れの方にあるのか確定していない男の存在を明火は仁兵衛にそっと耳打ちする。

(親父様に任せる。俺を討つために動くのならばそれはそれで良し。親父様を討つために動くのならば、それこそ問題なしであろうよ)

 一度決断したのならば、一切(いっさい)合切(がっさい)の逡巡は捨て去っており、ただ眼前の敵のみを討つ。それが仁兵衛の長所であり、欠点でもある。

 だからこそ、仁兵衛は闘いの前に全ての想定を為し、あらゆる可能性に対応出来る方策を練ることを好んだ。

 何の計画も情報も無しに行動を起こすことはまず有り得ず、その為に読みや意図を外したときにある種の脆さを有していた。

 然ういう意味では、慶一郎とは見事なまでに対照的であり、だからこそ互いに惹かれあうところが有るのだろう。

 当人達も己の欠点を補い合える関係である事を強く自覚しており、互いに苦手な分野を分かち合うことで大概の危機を乗り越えてきていた。

 逆を言えば、現状、二人が二人してある種の焦りと危機を感じているのは、分かり合っているからこその相手への思い遣り──互いが互いに自分ならば兎も角、不向きな戦場に相棒が居ると言う事を良く理解している状況──が裏目に出ているという処もあった。

 今、この時も、それ故の不覚を仁兵衛はを取ろうとしていた。

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