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御前試合騒動顛末  作者: 高橋太郎
序章 予選
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序章 予選

オリジナルの異世界を舞台とした時代劇です。

ハードボイルドは自称なので、どちらかというと厨二病をこじらせた感じかも知れません。


なお、現状タイトルは半分やっつけ気味なので、もっとしっくり来るモノが頭によぎった場合、変更されるかと思います。

あと、あらすじは予定とか未定とかアバウトなモノで、やはり状況次第で変更されるかも知れません。

 扶桑人が故郷を魔王に席捲され、逃亡を余儀なくされた時、後の初代東大公頼仁(よりひと)は政争に敗れ中原を統べるアルスラント皇国に亡命していた。当時のアルスラント皇は右腕と頼む宰相ウルシム・ヴァシュタールが拓いた交易都市オストシュタットの一部を故国より逃げ出してきた扶桑人達に貸し与えることを認め、頼仁を当時空席であった東大公に任じ、兵役を課した。

 当時のアルスラント皇国は皇位を巡って中原を三分する争いが起きており、最大勢力に一敗地まみれたアルスラント皇は精兵を求めていたのである。

 そして、東大公家が差し出した武芸者を中心とした武士団はアルスラント皇が中原を制圧するのに十二分に役立つ働きを為した。これにより、それまでに貸し与えられていた土地は全て半永久的に貸し出されることとなり、扶桑人達は安住の地を得た。

 これを恩とし、東大公家はアルスラント皇国に対して忠義を誓うこととなる。


 それから数多(あまた)の年を越え、中原は再び戦国時代の様相を呈してきたが、東大公家は決して自分たちが中原を統一すると言う事を好ましくないとし、中立を宣言、亡命当時から傭兵として雇っていた自由都市との契約と東大公家に宣戦を布告してきた諸侯相手以外には武を振るうことはなかった。

 扶桑人の中には、既に自分たちも中原に住まう人種の一つだから最強の武を誇る自分たちこそが統一するべきだという考えを持つ者もいたが、歴代東大公は決してその様な考えを持つことなく今に至る。


 真の通は御前試合の予選を好む。

 オストシュタットに暮らす一部の扶桑人が御前試合での旗幟(きし)八流(はちりゅう)の試合を熱く語る見者(けんじゃ)素人をからかうときに使う言葉である。

 実際、年に一度の御前試合に出てくる兵法家(ひょうほうか)達は大体お決まりの流派の人間が多い。有名流派に多くの素質ある若者が入門し、力のある師範代達に鍛え上げられれば高い確率で一門を背負う達人が生まれてくるのは分かり易い論理の帰結である。人はわざわざ弱いと知れた流派や、知る人ぞ知る達人が開いている道場を態々(わざわざ)探して入門する様な変わり者が多く存在するはずもなく、弱小流派は何かない限り淘汰されていくのである。

 しかし、稀にその法則を無視したかのような強者が生まれることもある。お家芸となり、何らかの袋小路に入った名門が突然現れた無名の強者に駆逐され、そのまま一気にのし上がる。旗幟八流まで到達する者は流石に百年に一度いるかいないかだが、本戦出場を懸けて戦う八流より生まれた流派や八流に返り咲こうとする有名流派を打ち破る程度の達人ならば毎年現れては予選を賑わす。

 勝ち負けが流派同士の相性で決まってしまうという予定調和とも言える御前試合本戦よりも、何が起こるか分からない予選の方が見る側としては面白いという話である。

 ただし、武芸者(ぶげいしゃ)同士ともなるとまた話は変わる。

 予選を面白い見せ物としてみるのは当然であるが、己の流儀と比べてどうかとか、あの動きは己の流派にも導入できるとか、その対応方法は真似するべきだ、今の技は対応を練った方が良いなど情報の宝庫として活用するだけの力量がなければ意味がなかった。

 何にせよ、予選といえども数少ない娯楽として熱気に包まれることには変わりなく、名を売るには絶好の場であった。


 (はや)る心を抑え、仁兵衛(じんべえ)は息を整える。

 今眼前にいる相手は、彼の人生史上一二を争う使い手と見極めていた。流派の都合上、(かち)では全力を出せない状態とはいえ、はち切れんばかりに(みなぎ)っている気がそれを告げていた。

 相棒が何かを告げているようだったが、それに耳を貸す気はない。

 今目の前にいる相手にだけは、他の力ではない、自分の力で相対し、勝たねば意味がなかった。

──この舞台じゃなきゃあ、俺たちが()り合うことはないだろう? だったら、派手に遣り合おうじゃないか。お前とは一度、本気でとことん遣り合いたかったのよ!

 全く持って同意であった。

 今となってはいつから(つる)んでいたのか思い出すのにも苦労するほどの腐れ縁だが、記憶が正しければ一度たりとも本気で仕合ったことはなかった。

 別段避けていたわけでもなく、その縁がなかっただけである。

 そして今、間違いなくその縁が降って湧いた。

 機会を得た以上は全力で挑むのみである。例え、相手が御前試合の規則上、全力を出せなくても自分が本気で相手をすることには変わりない。逆の事態もあり得るのだから、これは()ういう運なのだ。仮に仁兵衛が相手の立場になったとしても、その様なことは歯牙にも掛けず鼻で笑っただろう。

 そして、冷静な目で今一度相対する友──(はら)慶一郎(けいいちろう)義寅(よしとら)を眺める。

 大鎧で身を包み、兜に鬼の顔を象った面頬を付け、弓を背負い、太刀を()き、朱塗りの槍をどっしりとした中腰で構えていた。

 対する仁兵衛は、胴丸に中原様式の籠手(ガントレット)に脛当て、兜は被らずに半首(はつぶり)を付けることで視界を確保していた。

 慶一郎の方は典型的な戦場帰りの介者(かいしゃ)剣術の武装、仁兵衛は素肌(すはだ)剣術と介者剣術の間といった装備である。

 素肌剣術は平時を重んじるが為に、複数から襲われることをさほど重要視していない。故に、重要部位たる頭を防具で守るよりも視界を広く取ることで攻撃を回避することを重んじている。

 一方の介者剣術は戦場で発達した流儀であり、流れ矢などといった不特定多数の予期せぬ攻撃から身を守ることが大切とされるために完全武装が好まれる。

 特に、慶一郎の修める星馳騎突(せいちきとつ)流は戦場働きを重んじ、騎乗していれば免許皆伝の腕の者ならば百人に(まさ)り、正統継承者ならば万人の敵たらしめると言われる典型的な介者剣術流派であり、初代東大公雷文公(らいぶんこう)頼仁の友にして先駆(さきがけ)大将原宗一郎(そういちろう)惟寅(これとら)以来旗幟八流第二位の座から陥落したことがない恐るべき古豪である。蓄積されてきた他流派への対策は並大抵のものではなく、実戦における実力は旗幟八流最強とも言われている。果たし合いであろうが、戦場であろうが、流派の流儀を変えることなく、介者剣術の雄として重装備で戦いに臨む。常在戦場、それこそが星馳騎突流を強者として君臨せしめる理由である。

 故に、星馳騎突流は果たし合いや仕合を好まない。何故ならば、その様なことは彼らが求める戦場ではなく、無為なる行動に近いからである。同族を傷つけることでも、仲間を痛めつけることでも、己の技を自慢することでもない。彼らが己に定めた掟は唯一つ。忠誠を誓う東大公家の為に、戦場にて一槍馳走すること。それ以外は眼中になく、その為に旗幟八流の中では多少浮いた存在でもある。

 これが意味するところは何か。

 同流派でもない限り、星馳騎突流に関する知識を多く持つ者はそういないという話ある。

 このことは仁兵衛にも当て()まていった。

(……隙がない……)

 隙がなければそれを作るのが仁兵衛の流儀である。後の先よりは先の先、待つよりは動いて活路を求める質と(たち)はいえ、火中の栗を拾うような真似は好んですることはあり得ない。唯でさえ、得物(えもの)の差から来る間合いという不利を強いられているのに、手の内も知らずに敵中に飛び込むのは無謀と言えた。

 お互いに微動たりともせずに睨み合うこと暫し。先に動いたのは有利な間合いを活かした慶一郎であった。

 静から動へと瞬時に変わり、雷速の突きが仁兵衛の喉元目掛けて放たれる。仁兵衛が気が付いた時には既に手遅れの状態であった。

 しかし、仁兵衛は無意識の内に間合いを大きく外し、何事もなかったかのように同じ構えを再び取っていた。

 慶一郎はそれが当然であるとばかりに悠々と構えを取り直す。

 仁兵衛は慎重に()り足で慶一郎の間合いの心持ち外の辺りをゆっくりと右に回り始めた。

 慶一郎もそれに応じ、仁兵衛が常に真っ正面に来るように方向を調整する。

(戦慣れというヤツか)

 表情には出さなかったが、仁兵衛は心の中で舌を巻いていた。

 【刃気一体じんきいったい】。

 扶桑人の兵法者が中原最強と呼ばれる最大の要因とも言える奥義(おうぎ)の境地である。

 万物に存在する【気】を己の得物にめることで、本来自分が溜められる【気】の貯蓄量を数倍以上に高める技法のことで、言葉にすると簡単であるが実際行うとなれば繊細(せんさい)な【気】の制御が求められる事もあり、理屈を知っていても行える者はそう多くない。

 一般に兵法者(ひょうほうもの)は【気】によって、身体や得物を強化することで、常人では認識できない動きと一撃を繰り出すことが出来た。兵法者でなくとも、長年の勘と経験で【気】を()ることで身体強化をなす者もいるが、扶桑にて発展発達した数々の武芸流派は【気】を使いこなす(すべ)を系統立てて理論を完成させていた。完成された技術と未完成で尚かつ経験則で行っている技術の間の差は大きく、兵法者の技は伝来と共に中原を席捲した。

 中でも達人級の兵法者同士の戦いともなれば、【刃気一体】の境地にて身体の限界を超えた動きをとり、常人には知覚すら出来ぬ速さで勝負を仕掛けることとなる。当然、【刃気一体】の境地に没入できていなければ、気が付いた時にはこの世と別れることになることもしばしばであった。

 【刃気一体】の境地に辿り着く為には桁外れの【気】を練る必要があり、名うての達人ですら気息(きそく)を整えるのに相当の時間が掛かる。従って、【刃気一体】に至までの時間が短い程、有利に戦える。もしくは、対峙している最中に相手に気取けどられぬように静かに【気】を練り、機先を制するなどの駆け引きをもって勝負を付けるなど、芸達者同士の勝負における【刃気一体】に関わる駆け引きは果たし合いにおける比重の大半を担っていた。

 それだけに、仁兵衛も相手の出方を(うかが)いながら少しずつ【気】を練っていたのだが、【刃気一体】に(こだわ)らずいきなり仕掛けてきた慶一郎の勝負勘に驚きを覚えずにはいられなかったのだ。もし、身体が勝手に動いていなければその時点でこの果たし合いは終わっていたのだから。

(俺もまだまだだな。【刃気一体】に拘りすぎて、勝負の本質を見失うとは……)

 仁兵衛は心の中で溜息を付き、右に回りながら慶一郎の【気】を推し量り続ける。(流石は介者剣術の雄、騎突星馳。【刃気一体】をある意味で一番正当に評価している。このまま持久戦に雪崩れ込まれたら、経験の浅い俺の方が不利、か?)

 実際、【刃気一体】にもいくつか弱点がある。本来の許容量の数倍という莫大な【気】を練らなくてはいけない点、それだけの【気】を維持し続ける集中力、【刃気一体】後の身体を酷使した事による反動など、短期決戦には向くが戦場働きのような持久持続力が求められる場面では時によっては致命的な隙を見せることとなる。平時の果たし合い重視の素肌剣術ならば兎も角、戦場働きを重んじる介者剣術の使い手ならば、【刃気一体】を便利な手段程度にしか考えないとはいえ、それを実際達人相手の果たし合い本番で実践できる人間など幾人もおるまい。

 今、仁兵衛の目の前にいる男は、その数少ない人間の一人なのは間違いなかった。

(……ならば、こちらの土俵で戦わせるのみ!)

 仁兵衛は決意した。

 【気】を感知できる者ならば誰もが恐怖する──旗幟八流の正統継承者ですら考えられない──莫大な量の【気】を練り込み一気に【刃気一体】へと駆け上がる。

 慶一郎も又、それに対応して【気】を練ることを隠そうともせずに【刃気一体】へと至ったが、仁兵衛の【気】の量に比べればわずかに見劣りした。それでも、旗幟八流の正統継承者に匹敵する量であるのは確かなのだが。

綺堂きどう仁兵衛、推して参る!」

 気合一閃、右上段より放たれた太刀筋は目にも止まらぬ速さで慶一郎の右肩へと吸い込まれていった。

 その一撃を巧みに槍を使い慶一郎は受け流すと同時に反転する。

 そのまま抜けた仁兵衛が下段より太刀を大きく振り回しながら慶一郎を牽制し、再び右上段へと構えを変えていた。

 立ち位置を変えて再び同じ態勢で二人は対峙する。

 先ほどとは呼吸を少しずらし、再び仁兵衛は右手を狙って太刀を振り下ろす。

 慶一郎はそれを寸分の狂いなく槍で受け流し、今度は仁兵衛を追って槍を振り回す。

 仁兵衛は反転する勢いのまま、槍を太刀で打ち払い、飽きもせずに右上段に構え、今度は待たずに再び太刀を振り下ろした。

 攻撃に移っていたことで体勢を崩していた慶一郎だが、今度は槍の石突(いしづき)(きっさき)を打ち払い、そのまま足払いを仕掛ける。

 仁兵衛は器用にもひょいと軽く飛び跳ね、その勢いのまま間合いを離してから右上段の構えを取り直した。

「左太刀右上段、【一ノ太刀(ひとつのたち)】。古の剣聖の奥義をそこまで使いこなすたぁ、流石だなあ、仁兵衛」

 面頬でその表情は窺い知れないが、掛けてきた声には明らかに喜色に溢れていた。

「自分の背丈より長い槍を小器用に使いこなす奴に誉められるとは光栄だな。これで馬に乗っていたら、俺じゃ敵わない」

 仁兵衛にしては珍しく喜びを隠そうともせずに言葉を返す。

「ありがとよ。そんなにはしゃいで【気】は保つのかい? そっちの自滅なんてつまらないオチは勘弁だぜ?」

 豪傑笑いを隠そうともせず、慶一郎はからかう言葉を掛けてきた。

 慶一郎の言う通り、いくら莫大な【気】を持ち合わせているからと言って、無駄遣いしていればいつかは【気】も尽き果てる。【気】を練ると言う事は精密な技術であり、それこそ気軽に練り上げることなどできはしないものだ。故に、【刃気一体】中の芸達者同士の戦いは【気】を消耗させず、尚かつ【気】の制御で疲れ果てる前に勝負を付けるのが定石であり、仁兵衛のように間断無き攻撃をし続けることで【気】の無駄遣いをすることは考えられない愚策であった。

「何、こんなものどうとでもなる」

 仁兵衛は【刃気一体】をあっさり手放すと、再び【気】を一瞬の内に練り上げ新たな【刃気一体】に没入した。

「……こいつは魂消(たまげ)た。成る程、こっちはそんな器用に【刃気一体】を作り直せない。そっちは鼻歌交じりで何度でも【刃気一体】を張り直せる。消耗戦を仕掛けても勝機はあったってことかい」

「その割りにはさほど驚いていないようだが?」

「これでも驚いているんだがねえ。まあ、お前さんが奥の手を用意していたのは想像していたから、然ういう意味では驚きはしないんだがね」

 にやりと笑い、慶一郎は右足を大きく後ろに下げ、槍の穂先を左半身(はんみ)の真後ろに置くことで仁兵衛の視界からその姿を遮った。

 その姿はあたかも、虎が地に伏せ獲物を狙うかの様。

「……【虎尾(こび)】?」

 目を細め、呟く様に仁兵衛はその構えの名前を口にした。

「【虎乱(こらん)】とも云うな。隆盛を誇った天日神刀(てんじつしんとう)流を一夜にして崩壊させたと云われている【一ノ太刀】を打ち破った我が流派における切り札の一つ」

 今までの右半身から、左半身になっただけだというのに仁兵衛は気圧(けお)されていた。

 先程までのがお遊びだったかの様に、今のそれとは全く違っていた。【気】は更に充実した上で凝縮されており、仕掛けるべき隙はなく、寒気を催すほどの殺気が溢れだしていた。

 仁兵衛は思わず笑みを浮かべた。

「楽しそうだな、相棒」

 それを見て、慶一郎が獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた気配を(ただよ)わす。

「ああ。勝負で楽しいと思ったのは、生まれてこの方、そう、覚えている中だと二回目だ」

「少ないな」

 余りの少なさに、慶一郎は拍子抜けした顔をした。

「俺にとっての剣とは生きる糧だっだからな。楽しむなどと云う想いが入ることなどなかったよ」

「そいつはご愁傷様。見ての通り俺は婆娑羅(ばさら)者よ。戦場は(おとこ)の花道。こいつを楽しまずして、何を楽しむのさ」

「羨ましい話だ」

 会話をしながら、再び摺り足で右に常人では動いていると気がつけない動きで立ち位置をずらしていく。

「お前さんにもその素質はあるぜ?」

 かんらからと豪傑笑いを響かせながら、慶一郎は常に仁兵衛の真正面に左半身が位置する様に摺り足で修正する。「さて、その場で勝つのが【一ノ太刀】。だが、お前さんの太刀筋は“抜けて”勝とうとしていた。抜けて勝つのは……柴原(しばはら)神刀(しんとう)流開祖武幻斉(ぶげんさい)刃雅(じんが)が唯一不覚を取った太刀名義(めいぎ)──」

「よく知っているな、慶一郎。今や、柴原神刀流の人間ですら知る者がいない話なんだが」

 奥義の名前を口にされる前に、仁兵衛は制する様に(にら)み付ける。

「さてね。この程度は教養だと思っていたがな。少なくとも、狼人(ろうじん)に伝わる天狼(てんろう)神刀流の口伝(くでん)には残っていたがね」

「あんたの流派は他流派と余り交あわないものだと思っていたよ」

 仁兵衛は驚きを素直に口にした。

「ま、世の中例外とか、異端児なんて数が増えれば増えるほど現れやすくなるもんさ。特に戦場往来している内に戦友(とも)となった者ならばその傾向が強くなるものよ」

 もし世間話の最中ならば肩でも竦めたかの様な口調で軽口を返す。「それで、どうする気だね? お前さんが切り込もうとする方向に俺の槍の進路があるが?」

「打ち勝つのみ」

「先に云っておいてやるが、槍の柄を切ろうとするなら気をつけろよ。真銀(ミスリル)(こしら)えだからな」

「随分と高いものを使う」

 言葉は平静を保てたが、心の中では思わず舌を巻いた。

 斬り付けた感触でただの(かね)ではないと当たりを付けていたが、総真銀拵えの小刀一振りでさえ一財産と言われる代物(しろもの)を槍の柄として拵えるなど常人の為す事ではないし、為せることでもない。

「何、命を懸ける道具に金を掛けるのは当たり前だろう? お前さんの得物だって、唯の玉鋼(たまはがね)じゃああるまい?」

「御想像にお任せするよ」

 口元を引き締めると、一気に【気】を更に練り上げ、先程とは比べものにならない速さで踏み込んだ。

 それに無意識で応じたかの様に、慶一郎の槍が(うな)りを上げて土埃(つちぼこり)を巻き上げ何もかもを()ぎ払うために旋回(せんかい)する。

──ガキッ

 打ち込み同士が当たった甲高(かんだか)い金属音というよりは、鉄塊(てっかい)同士が全力でぶつかったかの様な低い衝撃音を響かせ、二人は互いに弾かれあった。

「つぁ、痛ってええ!」

 慶一郎が珍しく泣き言を叫ぶ。「(ドラゴン)でも殴ったみたいな衝撃だったぞ、相棒!」

 一方仁兵衛は、左手は構えを崩さず、右手は軽く熱さを冷ますかの様にぶらぶらと振っていた。

「余裕だな、相棒?」

「余裕があれば、もう一度同じ打ち込みを仕掛けているさ、友よ」

 互いに軽口をたたき合ってから、再び構えをお互いに取り直す。

 観客は既に声もなく、唯見守るのみ。

 練達の武芸者達すら、息をするのを忘れんばかりに試合に(かぶ)り付いていた。

「ところで、こんなばかげた打ち合いを何度も繰り返す気か、お前さんは?」

 嫌そうな口調で、慶一郎は仁兵衛に投げかける。

「次の一合(いちごう)で勝負は付く」

 堂々とした口調で、仁兵衛は返した。

「偉い自信だな、相棒?」

「そうでもない」

 並みの相手ならば、それだけで心臓が止まらんばかりの殺気を振りまき、仁兵衛は気息を整える。「参る」

「来いッ!」

 それを柳に風とばかりに静かに受け流し、気合十分の気勢を上げた。

 それを合図として、二人はほぼ同時に先程の一撃をなぞる様な、それでいて今までの中で最も力のある剣閃を同時に放った。

 同じことの繰り返しを想像していた観客とは裏腹に、今度はまるでお互いの一撃が擦り抜けたかの様に二人の立ち位置は入れ替わっていた。

 残心(ざんしん)を忘れることなく、合わせ鏡の様に互いに振り返り、構えを取る。

──からん

 軽い金属音が響き渡ると同時に、穂先が失われた槍を手放し、慶一郎はどかりと大地に腰を下ろす。「俺の負けだな」

 仁兵衛は構えを解かぬまま静かにその場に(たたず)む。

 暫く後、行司役の武芸者がはたと気が付き、

「勝負あり。勝者、綺堂仁兵衛!」

 と、勝ち名乗りを上げた。

 仁兵衛は大きく息を付くと、太刀を納める。

 得物を全て地面に投げ捨て、慶一郎は朗らかに笑い、仁兵衛の肩を強く叩く。

 仁兵衛は、それに対して握り拳を慶一郎の肩に強く押し当て、にやりと笑った。

 これだけの名勝負を見たなら、満場から喝采の拍手が飛び交いそうなものだが、観客は皆そこで初めて大きく息を付いた。(まさ)しく、息を呑む様な試合であったし、心臓を鷲掴みにする様な仁兵衛の凍てつく殺気に当てられて文字通り息を止めていたのだ。重苦しい雰囲気が消え去っても、その余韻が今でも残っていた。

 練達の武芸者同士の──それも本戦ですら見られるかすら分からない──大勝負を見たという実感を得たのは予選好きの通と、仁兵衛の殺気と慶一郎の闘気に当てられても平然としていられた旗幟八流を背負う名の知れた武芸者達だけであろう。



「父様、見て見て。にーちゃが勝ったよ!」

 全身を使って喜びを表している娘が、側にいる父親らしき人物に自分のことであるかの様に自慢していた。

「そうみたいだな」

「むー、父様は嬉しくないの?」

「そりゃ嬉しいさ。ただ、お前みたいにはしたなく喜ぶ気はないだけだよ」

「父様ひどい〜」

 ぶうたれる娘の頭をぽんぽんと叩き、男は左右を見渡した。

「ふむ。運が良いのか悪いのか分からんが、まだ気が付いていないらしいな。(ひかり)、目立つ様な真似をしないと誓えるなら、良いとこに連れて行ってやるぞ?」

「良いとこって?」

「それは到着してからのお楽しみだ。さて、どうする? 良い子にして付いてくるか、ここで悪目立ちして部屋に押し込まれるか、どっちを選ぶ?」

「むー。父様はどうするの?」

「俺か? まあ、見つかったら俺はお前を渡してそのまま仁兵衛に会いに行くだけだが?」

「ずるーい!」

「大人はずるいものだ。さて、どうする? これ以上騒ぐと見つかるぞ?」

 父親は娘に対してにやりと笑い、ちらりと彼女の後ろを見た。

「殿、姫! 何処におわしますか!」

「ほら、うるさ型がやってきたぞ。ちゃんと言うこと聞いて静かにしていたら良いことあるのだから、良い子にしているんだぞ」

 不承不承(ふしょうぶしょう)娘は頷くと、父親の手を取った。

 父親は娘の右手を強く握り、怪しまれない速度で会場の出口へと密やかに足を進めたのだった。


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