空白
子供の無邪気な欲望は時に残酷で怠惰で、罪深いものである。僕が小学校の二年の時、学校で五羽の真っ白な鶏を飼っていた。いきものがかりである僕らは他のクラスメイトが帰ったあと、世話をして帰らなければいけない。そのせいで、学級活動の時間、僕の名前が書かれた紙を引いた担任のことを、恨めしく思っていた。しかしそんなある日、鶏のうち一羽が失踪したことを担任の口から聞かされた。毎日世話をしている僕たちではなく、朝校門を開けるついでにちょいと覗いた用務員が一番最初に気づいたらしい。今思うと皮肉なことだ。でも僕はその時内心ワクワクしていた。もっと、もっといなくなってしまえばいい。そしたらみんなと一緒に帰ることができる。僕はその日から毎日空に向かって空想するのが日課になった。
誰もいない教室には机も椅子もない。膨張し続けとどまることを知らない不愉快な喧噪もない。教室には僕と置物の4羽の白い鶏だけ。鶏の置物を一つ抱きしめて、目一杯の力を込めた。白い絵の具のようにはじけて教室の床のしみになり次第に跡形もなくなる。淡々と、消えてしまえと、世界に願いながら、そんな空想をして退屈な授業中空を見ていた。その放課後、鶏が3匹に減っているのを僕たちいきものがかりは目の当たりにした。しかしそれだけでは終わらなかった。一日一日が過ぎる度、飼育小屋の鶏は一羽ずつ減っていったのだ。クラスメイトたちは不吉だとおびえ、若干の恐怖に包まれていた。僕もその一人だった。もっとも、その理由は一人だけ違うものだったが。
僕は感じていた、心の中で、一羽一羽とその存在を消したのは僕だと。仕事をしなくていいという甘美な怠惰の誘惑に負けてひたすらに世界に願ってしまった過去の僕の過ちに対して、僕は恐怖していた。しかしその恐怖はそれだけでは終わらなかった。ある朝、最後の一羽が死んだ。消えた、のではない。間違いなく死んだという事実とともに、彼は確かにこの世界に生きていたという証拠を残していった。それが僕を苦しめてならなかった。それは体育館の裏でカラスに食い荒らされていたという。真の死因はいきものがかりの誰かが、鍵をかけ忘れた事だったが、そんなことは僕にはどうでもよかった。僕が心の中で願い、世界を動かし、この手で彼らを死に追いやったのは紛れもない真実なのだ。最後の一羽の骸は、学校の裏庭の隅に埋められた。彼らの死という事実は墓として永遠に残ることとなった。
僕は数日経ったのち、神妙な面持ちで墓の前に跪いていた。何を思って祈っていたか忘れたが、「君たちの死を無駄にしない」だとか、「この世界に生まれてきてありがとう」だとか、祈っていたような気がする。どうせ本心では悲しんでいたんではない、もちろん感謝なんてしていないだろう。今の僕が思うに、誰も知らない秘密を抱えて墓の前で跪く自分に酔っているだけのただの最低な人間だったのだ。
………と、ここまで書いて、僕はふと失笑した。読者諸君、どうか呆れないでほしい。実は僕はいきものがかりですらなかったのだ。あの時、鶏が減っていくのを一番近くで怯えていたのは私の友人であり、僕はただその傍らで彼を嘲笑いながら、今の物語を空想していたに過ぎない。墓の前で跪いたのも、鶏のためではない。この、あまりに卑屈な「嘘の自伝」を完成させるための、単なる取材だったのである。




