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もう戻れない――奪われた、あの時間 。 ~あいつは、俺の前ではあんな顔をしなかった~  作者: 遠崎カヲル


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7/7

見せつけられた、奪われたあとの顔

NTR鬱END。

扉の中の二人は、連れ立って資料室の奥へ、目の届かないところへ消えていく。

これから二人が何を話し、何をするのかはもうわからない。


そんな二人を見届けながら、グーダスは嫉妬と敗北にうちひしがれていた。


足が動かない。


呼び止めることも、追いかけることもできず、

ただ閉じられた扉の前に立ち尽くす。


ほんの数歩先にいたはずの距離が、もう取り返しのつかないほど遠く感じられた。


「……なんでだよ……」


かすれた声が、誰にも届かないまま落ちる。


胸の奥がざわつく。


あの場所にいたのは自分だったはずなのに。

チョキーナと向かい合っていたのは、自分だったはずなのに。


気づけば、その位置に立っていたのはパーダロだった。


あまりにも自然に、当然のように。


まるで最初から、そこにいるべきだったかのように。


「……くそ……」


奥歯を噛みしめる。


チョキーナを取られた――そう思った。


あの距離も、あの空気も、あの時間も。


全部、自分のものだったはずなのに。


その場所に、別の男が立っている。


その事実だけで、胸の奥が焼けつくように熱を持つ。


だが同時に、別の感情が浮かぶ。


「……なんで、応じたんだ……」


低く、押し殺した声。


チョキーナは、断ることができたはずだった。


戸惑っていた。迷っていた。

あのとき、確かにそう見えた。


それなのに。


最後には、あの場に残った。


そして――受け入れた。


「……っ」


喉の奥が詰まる。


裏切られた、という感覚が遅れて押し寄せてくる。


信じていたわけではない。

約束があったわけでもない。


それでも――


あの最初の時間は、確かに二人のものだったはずだった。


静かな部屋で、向かい合って。

ぎこちなく手を差し出して。


あれが、初めてだった。


「……俺の……」


言葉が途中で途切れる。


胸の奥に、冷たいものが沈む。


(俺のせいか……あのときから……足りなかったのか……)


思い出す。


最初の、あのじゃんけん。


勝敗がついて、終わったあと。


チョキーナは笑っていた。

言葉も交わした。


それでも――


どこか満ちきっていないような、そんな余韻が残っていた。


あのとき、自分はそれを深く考えなかった。


終わったものだと、そう思っていた。


だが今ならわかる。


あれは、足りていなかったのだ。


自分では――チョキーナを、満足させることができなかった。


「……っ」


拳が強く握り込まれる。


パーダロの姿が、脳裏に浮かぶ。


迷いのない動き。

距離の詰め方。

相手を見ながら、自然に流れを作るやり方。


あれは偶然ではない。


テクニックだった。


自分にはなかったものだった。


「……負けた……」


ようやく、言葉が形になる。


男として、負けていた。


最初から。


あの最初の時からすでに。


そして――


今の場面で決定的に。


「……っ」


その瞬間、あの光景がよみがえる。


切なそうに眉を寄せ、喘ぎ、悶えるチョキーナの姿。


そして、最後に見せたあの表情。


戸惑いも、迷いも、確かにあったはずだった。


それなのに。


最後に浮かんだのは――


張り詰めていたものがほどけたような、

力の抜けた顔だった。


終わりを受け入れたような、

どこか満たされたようにも見える表情。


「あれが……」


息が詰まる。


あの顔は、自分に向けられたものではない。


パーダロが引き出したものだった。


自分には届かなかった場所。


自分には与えられなかったもの。


「……っ、くそ……」


胸の奥が、強く締めつけられる。


悔しさと、怒りと、後悔と。


すべてが混ざり合う。


それでも――


その光景は、消えない。


思い出したくないはずなのに、頭の中で映像が鮮明に形になる。


そのとき、グーダスは自分の手が、自然と動いていることに気づいた。


軽く握りしめた手が、何かを求めるように、上下に動いている。


繰り返し、繰り返し。


壊れそうな自分の心を、自分で慰めるように。


(……じゃんけん……ぽん)


心の声とともに、手が前に出る。


グー。


(……ぽん)


また、グー。


相手はいない。


それでも、止まらない。


頭の中に浮かぶのは、ひとつだけだった。


――チョキ。


チョキーナの手。


震えながら、それでも変えなかった形。


あの場で、ずっと出し続けていたチョキ。


(……ぽん)


それに応じるように、グーダスはグーを出す。


まるでそこに、チョキーナがいるかのように。


だが、いない。


あの場所にいたのは、自分ではなかった。


パーダロだった。


(……ぽん)


グー。


グーダスは彼女の最初の相手にはなれた。


だが、それだけだった。


”最初”で、終わりだった。


”唯一の”相手ではなかった。


選ばれたのでも、残ったのでもない。


ただ、足りなかっただけだ。


「……ぽん」


かすれた声がでる。


それでも、手は止まらない。


グーを出し続ける。


相手のいないじゃんけんを。


そこにいるはずのないチョキーナに向かって。


やがて動きは鈍くなり、声も途切れがちになる。


それでも、手の形だけは変わらない。


強く握り込まれたグー。


その形だけが、残り続ける。


繰り返されるひとりじゃんけんは、やがて何も残さず、ただ虚しさだけを沈ませていった。




第一部  完

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