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もう戻れない――奪われた、あの時間 。 ~あいつは、俺の前ではあんな顔をしなかった~  作者: 遠崎カヲル


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5/7

終わらせてもらえなかった時間

男「出すぞ」 女「出さないで」

「あいこで、しょ」


変わらぬ掛け声が、静かな室内に繰り返し響く。


二人の手は同時に動き、同時に止まる。


チョキーナの指は二本、強張ったままのチョキ。

そして――パーダロの手も、同じくチョキ。


何度繰り返しても、結果は同じだった。


継続する勝負。終わらないあいこ。


もう、何度目かもわからない。


最初は数えようとしていたはずの回数も、途中から曖昧になり、いまではどこまで続いているのかすら判別できない。


チョキーナの肩は、もはや自分の意思とは関係なく、小刻みに震え続けていた。


呼吸は浅く、一定のリズムを保てない。


同じ動作を繰り返しているだけのはずなのに、その一回ごとに、身体の内側で何かが少しずつ変わっていくのがわかる。


(……どうして……)


わずかに思考が浮かぶ。


(……終わらないの……?)


あいこは本来、すぐに解消されるはずのものだった。


それなのに――


終わらない。


終わらせることができない。


チョキを出し続けているのは自分なのに、その選択を変えるという発想そのものが、意識の外へと押し出されている。


(……変えれば……いいのに……)


頭のどこかでそう思う。


けれど、指は動かない。


むしろ、形はさらに強く硬定されていく。


「……あいこで、しょっ」


パーダロの声が、間を置かずに落ちる。


チョキーナは反射のように手を出す。


――チョキ。


そして、また、あいこ。


「……っ……」


わずかに息が詰まる。


そのたびに、胸の奥に小さな波のようなものが生まれ、消えきらないまま次へと重なっていく。


同じはずの一回が、少しずつ違うものに変わっていく。


回数を重ねるごとに、その波は大きくなり、身体の内側に溜まり続ける。


(……いや……)


やめたい。


そう思うのに。


(……でも……)


同時に、終わってほしくないという感覚が、どこかに混じっている。


その矛盾に気づいた瞬間、胸の奥がざわついた。


「……お願い……」


息をうまく吸えず、短く途切れる呼吸の合間に、言葉を押し出すようにして続ける。


「もう……だめ……これ以上は……」


声は途中でかすれ、喉の奥で引っかかる。


それでも、止めることができない。


(……まだ……)


まだ、終わっていない。


(……終わってほしいのに……)


終わらせたいのに。


(……終わらないで……)


その思いが、同時に存在している。


「……我慢できない……勝たせて……ください……」


その懇願には、もはや体裁も遠慮も残っていなかった。


取り繕う余裕はなく、隠すこともできず、ただ一つ――勝たせてほしいという恥ずかしい欲求だけが、そのまま言葉になってあふれ出ている。


言葉にした瞬間、胸の奥で何かが大きく揺れる。


それまで曖昧だった感覚が、一気に形を持つ。


「……っ……」


息が乱れる。


ただ繰り返していただけの行為が、明確な意味を帯びていく。


パーダロは、その様子を逃さないように、じっと観察するような目で見つめていた。


「……そう簡単にはいかないな」


低く、静かに言う。


「ここまできて、すぐに終わらせるのはもったいないだろ?」


その言葉は穏やかに聞こえるのに、確実に追い詰める響きを持っていた。


チョキーナの表情がわずかに崩れる。


「……そんな……」


唇が震え、言葉が続かない。


それでも――


「……お願い……」


もう一度、同じ言葉を繰り返す。


その間も、手は下ろさない。指の形も変えない。


(……チョキで……)


意識の中心には、それだけが残っている。


(……これで……勝ちたい……)


ここまでずっと出し続けてきた形。


繰り返しの中で、もう後戻りできなくなった形。


それを貫くことだけが、今の自分を保っている。


「……あいこで、しょっ」


パーダロの声が、間を置かずに落ちる。


チョキーナは反射のように手を出す。


――チョキ。


そして、また、あいこ。


「……あうっ……!」


短く、息が詰まるような音が漏れる。


肺にうまく空気が入らず、喉が締めつけられる。


「……ほら」


パーダロが、わずかに口元を歪める。


「まだ終わらない」


その一言が、さらに意識を追い詰める。


「……やめて……」


チョキーナの声は、糸のように細くなる。


「……お願い……」


それでも、手はチョキのまま変わらない。変えられない。


変えてしまえば、ここまで積み重ねてきたものが崩れてしまう気がする。


むしろ、その恐れの方が強くなっている。


終わらせることよりも、この状態を維持することに意識が傾いていく。


「……なあ」


ふいに、パーダロが声の調子を変える。


少しだけ低く、間を含ませて。


「そろそろ――勝たせてやろうか?」


「……え?」


パーダロは、チョキーナにとって願ってもない言葉を発した。


――しかし、そのあとに続いた言葉は、あまりに残酷だった。


「おまえに出してやるよ……グーをな」


その一言を理解した瞬間、チョキーナの目が大きく見開かれる。


「だ、だめっ……!」


ほとんど反射のように声が飛び出した。


「出さないで……!」


視界がにじむ。


涙が浮かび、光をぼやけさせる。


「グーを……出しちゃ……いやっ……!」


声は崩れ、懇願そのものになっていた。


「……お願い……それだけは……やめて……」


首を小さく振りながら、必死に訴える。


勝てるはずなのに。


終われるはずなのに。


それなのに――


終わってしまうことへの恐れが、はっきりと形を持って浮かび上がる。


パーダロはその様子を見下ろすように眺めながら、ゆっくりと口元を緩めた。


「どうしてだ?」


試すように問いかける。


「勝てるんだぞ?」


その言葉に、チョキーナは一瞬言葉を失う。


そうだ、勝てる。


自分がパーを出せば、確実に勝てるのだ。


それなのに。


「……だめ……」


ようやく、かすれた声が出る。


「……それじゃ……」


息が震え、言葉が切れ切れになる。


「……違うの……」


か細い声だった。


けれど、その中には確かな拒絶があった。


パーダロの目が、わずかに細められる。


「……へえ」


面白がるように。


「じゃあ、どうする?」


わざとゆっくりと手を構え、見せつけるように指を動かす。


グーを作る動きが、はっきりとわかる。


「出すぞ?」


その一言とともに、空気が張り詰める。


「やめて……!」


チョキーナの声が、先ほどよりも強くなる。


「……お願い……!」


涙が、こぼれそうになる。


「……出さないで……!」


ほとんど悲鳴に近い懇願だった。


それでも、パーダロは止まらない。


「……あいこで」


低く、ゆっくりと。


時間を引き延ばすように。


「しょっ」


その瞬間、周囲の音がすっと遠のき、呼吸の音だけがやけに大きく耳の奥に残った。


チョキーナの指先が震える。


それでも――形は変わらない、チョキのまま。


最後まで動かすことができない。


そして、決定的な瞬間が訪れた。

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