終わらせてもらえなかった時間
男「出すぞ」 女「出さないで」
「あいこで、しょ」
変わらぬ掛け声が、静かな室内に繰り返し響く。
二人の手は同時に動き、同時に止まる。
チョキーナの指は二本、強張ったままのチョキ。
そして――パーダロの手も、同じくチョキ。
何度繰り返しても、結果は同じだった。
継続する勝負。終わらないあいこ。
もう、何度目かもわからない。
最初は数えようとしていたはずの回数も、途中から曖昧になり、いまではどこまで続いているのかすら判別できない。
チョキーナの肩は、もはや自分の意思とは関係なく、小刻みに震え続けていた。
呼吸は浅く、一定のリズムを保てない。
同じ動作を繰り返しているだけのはずなのに、その一回ごとに、身体の内側で何かが少しずつ変わっていくのがわかる。
(……どうして……)
わずかに思考が浮かぶ。
(……終わらないの……?)
あいこは本来、すぐに解消されるはずのものだった。
それなのに――
終わらない。
終わらせることができない。
チョキを出し続けているのは自分なのに、その選択を変えるという発想そのものが、意識の外へと押し出されている。
(……変えれば……いいのに……)
頭のどこかでそう思う。
けれど、指は動かない。
むしろ、形はさらに強く硬定されていく。
「……あいこで、しょっ」
パーダロの声が、間を置かずに落ちる。
チョキーナは反射のように手を出す。
――チョキ。
そして、また、あいこ。
「……っ……」
わずかに息が詰まる。
そのたびに、胸の奥に小さな波のようなものが生まれ、消えきらないまま次へと重なっていく。
同じはずの一回が、少しずつ違うものに変わっていく。
回数を重ねるごとに、その波は大きくなり、身体の内側に溜まり続ける。
(……いや……)
やめたい。
そう思うのに。
(……でも……)
同時に、終わってほしくないという感覚が、どこかに混じっている。
その矛盾に気づいた瞬間、胸の奥がざわついた。
「……お願い……」
息をうまく吸えず、短く途切れる呼吸の合間に、言葉を押し出すようにして続ける。
「もう……だめ……これ以上は……」
声は途中でかすれ、喉の奥で引っかかる。
それでも、止めることができない。
(……まだ……)
まだ、終わっていない。
(……終わってほしいのに……)
終わらせたいのに。
(……終わらないで……)
その思いが、同時に存在している。
「……我慢できない……勝たせて……ください……」
その懇願には、もはや体裁も遠慮も残っていなかった。
取り繕う余裕はなく、隠すこともできず、ただ一つ――勝たせてほしいという恥ずかしい欲求だけが、そのまま言葉になってあふれ出ている。
言葉にした瞬間、胸の奥で何かが大きく揺れる。
それまで曖昧だった感覚が、一気に形を持つ。
「……っ……」
息が乱れる。
ただ繰り返していただけの行為が、明確な意味を帯びていく。
パーダロは、その様子を逃さないように、じっと観察するような目で見つめていた。
「……そう簡単にはいかないな」
低く、静かに言う。
「ここまできて、すぐに終わらせるのはもったいないだろ?」
その言葉は穏やかに聞こえるのに、確実に追い詰める響きを持っていた。
チョキーナの表情がわずかに崩れる。
「……そんな……」
唇が震え、言葉が続かない。
それでも――
「……お願い……」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
その間も、手は下ろさない。指の形も変えない。
(……チョキで……)
意識の中心には、それだけが残っている。
(……これで……勝ちたい……)
ここまでずっと出し続けてきた形。
繰り返しの中で、もう後戻りできなくなった形。
それを貫くことだけが、今の自分を保っている。
「……あいこで、しょっ」
パーダロの声が、間を置かずに落ちる。
チョキーナは反射のように手を出す。
――チョキ。
そして、また、あいこ。
「……あうっ……!」
短く、息が詰まるような音が漏れる。
肺にうまく空気が入らず、喉が締めつけられる。
「……ほら」
パーダロが、わずかに口元を歪める。
「まだ終わらない」
その一言が、さらに意識を追い詰める。
「……やめて……」
チョキーナの声は、糸のように細くなる。
「……お願い……」
それでも、手はチョキのまま変わらない。変えられない。
変えてしまえば、ここまで積み重ねてきたものが崩れてしまう気がする。
むしろ、その恐れの方が強くなっている。
終わらせることよりも、この状態を維持することに意識が傾いていく。
「……なあ」
ふいに、パーダロが声の調子を変える。
少しだけ低く、間を含ませて。
「そろそろ――勝たせてやろうか?」
「……え?」
パーダロは、チョキーナにとって願ってもない言葉を発した。
――しかし、そのあとに続いた言葉は、あまりに残酷だった。
「おまえに出してやるよ……グーをな」
その一言を理解した瞬間、チョキーナの目が大きく見開かれる。
「だ、だめっ……!」
ほとんど反射のように声が飛び出した。
「出さないで……!」
視界がにじむ。
涙が浮かび、光をぼやけさせる。
「グーを……出しちゃ……いやっ……!」
声は崩れ、懇願そのものになっていた。
「……お願い……それだけは……やめて……」
首を小さく振りながら、必死に訴える。
勝てるはずなのに。
終われるはずなのに。
それなのに――
終わってしまうことへの恐れが、はっきりと形を持って浮かび上がる。
パーダロはその様子を見下ろすように眺めながら、ゆっくりと口元を緩めた。
「どうしてだ?」
試すように問いかける。
「勝てるんだぞ?」
その言葉に、チョキーナは一瞬言葉を失う。
そうだ、勝てる。
自分がパーを出せば、確実に勝てるのだ。
それなのに。
「……だめ……」
ようやく、かすれた声が出る。
「……それじゃ……」
息が震え、言葉が切れ切れになる。
「……違うの……」
か細い声だった。
けれど、その中には確かな拒絶があった。
パーダロの目が、わずかに細められる。
「……へえ」
面白がるように。
「じゃあ、どうする?」
わざとゆっくりと手を構え、見せつけるように指を動かす。
グーを作る動きが、はっきりとわかる。
「出すぞ?」
その一言とともに、空気が張り詰める。
「やめて……!」
チョキーナの声が、先ほどよりも強くなる。
「……お願い……!」
涙が、こぼれそうになる。
「……出さないで……!」
ほとんど悲鳴に近い懇願だった。
それでも、パーダロは止まらない。
「……あいこで」
低く、ゆっくりと。
時間を引き延ばすように。
「しょっ」
その瞬間、周囲の音がすっと遠のき、呼吸の音だけがやけに大きく耳の奥に残った。
チョキーナの指先が震える。
それでも――形は変わらない、チョキのまま。
最後まで動かすことができない。
そして、決定的な瞬間が訪れた。




