第2話 楽器がないなら作ればいいじゃない
「父さーん、今日の分終わったよ」
十歳にも満たない体には、少し大きい農具をよいしょと下ろし、僕は大きく息を吐いた。
「アル、お疲れ様。助かったよ」
首から掛けたタオルで汗を拭いながら、父さんが優しく微笑む。
転生先での僕の名前は『アルバート・コン・アニマ』
貧しい農家に生まれたが、両親はとても優しく、毎日幸せに暮らしている。
前世では、基本何でも買ってもらえたけど、両親からは空気みたいに扱われてた。
それでも、その環境のおかげで『音楽』に出会えた。
だから、どちらの両親にも感謝している。
「サンダー!」
カァカァッ――
畑に小さな光を落とすと、作物をつついてたカラスが飛び去った。
隣では、父さんが水魔法で水やりをしている。
この世界には、様々な魔法が存在している。
だけど、僕は『雷属性』の魔法しか使えない。
加えて戦闘できるほどの魔力もなく、できるのは、こうしてカラスを追い払うことくらいだ。
転生しても冴えないまま。
そして、転生しても『夢』は変わらなかった。
だけど、この世界に『バンド』は存在しない。
ピアノやバイオリンの演奏は聞こえてくるのに、ギターやベース、ドラムの姿はどこにもなかった。
* * *
「ついに、この村からも勇者が出るとはな……!」
この世界では、魔王に挑もうとする人のことを『勇者』と呼ぶ。
そして、同じ村の青年が、魔王討伐のため冒険に出るらしい。
小さな村では、お祭り騒ぎ。
村総出で見送りに集まっていた。
「この剣は、あの伝説の武器職人アントニオ・マエストーソが作ったものじゃ。持っていけ」
村長が古い剣を旅立つ青年へと渡した。
その剣は、刃先が二つに分かれた珍しい形をしていた。
「伝説の武器職人……」
そういえば、あんな形のギターあったな……
ふとそんな思いが頭をよぎった。
この世界には、魔物と戦うための武器が多く作られている。
その技術を利用すれば……楽器も作れるんじゃないか?
そうだ、ないなら作ればいい……!
その日、僕はこの世界に『ギター』を生み出すため、伝説の武器職人に弟子入りしようと心に決めた。
「どこにいるかは、わしも知らんのじゃ。あの武器は、旅人にもらったものでのぅ」
村長や村の人に聞いても、伝説の武器職人の居場所はわからなかった。
僕はその人を探すため、野菜を売りながら色んな村や町を訪ねることにした。
「グルルルルッ……!」
近くの町へ行く途中、オオカミのような魔物に遭遇してしまった。
金色の瞳で僕を睨みながら、唸り声を上げている。
「ひぃっ……! サンダー! サンダー! サンダァァーー!!!」
僕は必死に魔物の周囲に魔法を放った。
当たっても対したダメージにはならないけど、やたらと《《音だけは》》大きい僕の雷魔法。
魔物が一瞬怯んだすきに、全速力で逃げた。
道中、何度も魔物に襲われて死にかけること数多……
「きゃああ!! アル!? その傷どうしたの!?」
傷だらけになって帰ってくる僕を見て、母さんに何度悲鳴を上げさせてしまったか。
ボロボロになりながら師匠となる人を探して五年。
前世の年齢に追いついた頃、たまたま近くの町を訪れていたドワーフから、ついにその人の居場所を聞くことができた。
「父さん、母さん。話があるんだ」
僕はごくりと息を呑む。
「僕、武器職人になって楽器を作りたい……音楽をやりたいんだ……!」
僕が何かを必死にやろうとしていることは、両親も感じていたようだ。
僕の顔を真剣に見つめながら、二人はゆっくりと微笑みを浮かべた。
「お前の人生だ。やりたいようにやりなさい」
父さんと母さんは、僕の願いを快く受け入れてくれた。
なんの恩返しもせずに、ごめん。
本当にありがとう。
いつか世界的に有名になって、父さんと母さんを楽させるから。
なんて、売れないバンドマンみたいなことを思いながら、僕は旅に出た。
* * *
戦闘ができない僕は、冒険者ギルドで護衛を依頼した。
「その若さで武器職人を目指すなんて立派だね。
いつか君の作った武器で、魔王を倒す勇者が現れるかもしれないよ」
護衛してくれてる冒険者パーティーのエレンさんが、感心するように言ってくれた。
「あ、いえ。僕は楽器を作りたいんです」
「え……?」
それから、エレンさんの態度が、ちょっとよそよそしくなってしまった。
伝説の武器職人の家に行くには、大きな火山を越えなくてはならなかった。
ただ、ここを越えればもうすぐだ。
頂上付近になると、マグマの熱で自然と汗が噴き出てきた。
「アルバートくん、もう少しで下りになるから頑張ってね」
「は、はいっ……ありがとうございますっ」
魔法使いのエマさんが優しく声を掛けてくれたが、緊張して声が裏返ってしまった。
僕たちは、なんとか頂上へとたどり着いた。
視界いっぱいに広がるのは、ぐつぐつと煮えたぎるマグマの湖。
この距離からでも、熱で肌がじりじりと焼けるようだった。
……そして、ここからは、ようやく下りになる。
「それにしても熱いな。頂上ともなると、ここまで熱くなるのか……?」
エレンさんが呼吸を荒くさせながら、眉をそっとひそめた。
ゴゴゴゴゴゴゴ――
すると、突然地鳴りとともに地面が揺れ始めた。
「なんだっ……まさか噴火か!?」
皆が身を屈めながら辺りを見渡す。
「ヴオォォォォォォーーーーーー!!!!」
凄まじい咆哮とともに、鮮血のように真っ赤なドラゴンが、マグマの影から姿を現した。
「ひぃっ!!」
「う、嘘だろ……マグマから出てくると言ったら……!」
エレンさんは顔を真っ青にして叫んだ。
「S級の魔物……紅焔竜だ!!!」
僕たちの目の前に突如現れた巨大なドラゴン――
大きな翼を羽ばたかせるたび、マグマの熱が顔にかかって息が苦しくなる。
カラン――
エマさんが思わず杖を地面に落とすと、紅焔竜がゆっくりとこちらを向いた。
全員の体がぴたりと固まる。
「おいおい……数百年に一度見れるかどうかの伝説の魔物だぞ!?」
その言葉に、僕の頭は真っ白になった。
紅焔竜の大きな瞳が、獲物を捉えるように、こちらをじっと見つめている。
ようやく夢への一歩を踏み出せたと思った矢先、こんなことになるなんて……
ちくしょう!
今世では絶対に叶えてやるからな!!
禍々しいにもほどがある紅焔竜に体を震わせながら、僕は心の中で叫んだ。




