第1章―6
「一人用の天幕か――。旅慣れている……ようには、あまり見えないな――」
声をかけてきた主が誰であるか、ソラにはすぐに分かった。キャラバンの護衛をしている傭兵団の長、ガルマンであった。道中、さまざまな場面で団員に指示を出している姿を、ソラは馬車の上から羨望の眼差しで見つめていたのだ。
――かっこいいな……。
ソラが見上げなければいけないほどの背丈をもち、重量級の防具を着用していてもなお重さを感じさせない立ち居振る舞い、めぐまれた体格の偉丈夫であった。
ソラが憧れるのも無理はない。かつては自分もそうなりたいと日々研鑽していたのだから。
――でも、僕にはなれなかった……。
届かなかった――。
「……そうなんですよ。いろんなところには行くんですけど……。どうも、たくさんの人がいるところでは寝られないみたいで。だから、こんな一人用の寝床を持ち歩いてるんです」
ガルマンは「そうか……」と、特段その話に興味を示すふうではなかった。
「マギアの依頼を受けていると聞いたが――」
ガルマンは遠慮のない目で、ソラ自身と傍らに置かれたボロボロの古い剣を値踏みした。
「正直なところ、とてもそんなふうには見えないが……」
マチェットから、ソラの持っている書状が本物であることは聞いている。だが、それだけの理由で、この得体の知れない青年を信用することはどだい無理だった。
「剣士にしては……」
「――頼りない。そうはっきりと言ってやりなよ、お頭」
ガルマンの背後から、歯に衣着せぬハスキーな女性の声が追い打ちをかける。女戦士のヤミスであった。
傭兵団の実質のナンバー2である。そう紹介されたわけではない。彼らを観察していていれば、誰の目にも明らかだった。
「胡散臭いって言ってるんだ。そんななりで剣士を名乗るなんて――」
ソラは言い返せなかった。確かに古びた剣を帯びてはいるものの、防具の一つも身につけてはいない。見た目はそこら辺を歩いている一般人のそれとなんら変わりなかったのだ。
「本当にそうですよね……」
ヤミスはあっけにとられる。これだけのことを言われれば、逆に突っかかってくるものと期待していたのに。まさか肯定するとは……。拍子抜けにもほどがある。
「てめえ、ふざけてんのか! 私のこと、なめてんだろう!」
ヤミスの突然の激昂に、ガルマンも顔色を変える。いつもは冷静なこの副指揮官が、怒りをあらわに、今にも青年に殴りかかろうかという勢いだ。彼女の逆鱗にふれたものはいったい何だったのだろう。
――私は何をこんなに怒っている……?
最初は、ほんのカマをかける程度の気持ちだった。それが、この青年の反応を見ているうちに、だんだんと本気で胸がムカムカとしだしたのである。
抗おうとしない……?
簡単に人の言いなりになる……?
――そうじゃない……。
あきらめてるんだ。この子は最初から。
――人と争うことに……。
「どうしたね?」
剣呑な雰囲気を察して、サルトが駆けつけてきた。
「いや、なんでもない。ヤミス、行こう。まだ見回りの途中だ」
ガルマンは女戦士の肩に手をかけた。ぐっと力をこめ、彼女の向きを無理やり変える。その頃にはもう頭も冷えたのか、ヤミスはいつもの頼れる副官の顔を取り戻していた。
「大丈夫かい?」
サルトが気をかける。
「いえ、平気です。こういうのも、もう慣れっこなんで……」
はにかみながらソラは答える。自嘲しているようでもあった。そんな青年の様子にサルトもどこか引っかかるものがあったが、あえて深く掘り下げるようなまねはしなかった。人それぞれに事情があるのだ――。
「悪い人たちじゃないんだがね……」
サルトはガルマンたちの背を目で追いかけた。ソラもそれに倣う。
「分かります……。見ていれば、分かります……」
ガルマンとヤミスはキャラバンのいたる所で声をかけまわっていた。気をつけなければならないところは特に念入りに。皆の体調を気にかけ、皆の安全を確実なものにするために。
「僕もあんなふうに振る舞えたらいいんですけど……」
「人には天賦というものがある――」
サルトはソラを慰めるのでもなく、ただ単に自分の生きた短くはない年月から得た持論を述べているようだった。
「無理して誰かの真似をしなくていいんだよ。人それぞれじゃないか。自分らしく生きていけばいい……」
――と、不意に思い出したようにミレを眺める。
「したくてもできない子もいる……」
皺の数だけ苦労を刻んだ老人は、誰の耳にも届かぬ声でつぶやいた……。
夜は粛々と更けていく。
キャラバンの初日の野営も、特筆すべき何かが起こることもなく、無事に、そして淡々と過ぎていく。
そう、初日には何も起こらなかったのだ。
初日には――。
誰もが予期せぬ、予期できるはずもない事態……。
それは、二日目の夜に起きたのであった――。




