第1章―5
それから幾つもの、とうの昔に人影を失った村々をキャラバンは通り過ぎていった。
陽がやわらかさをまとい出す。急がなければ日が地平の向こうに隠れてしまう。世界が闇に包まれる前に、野営の準備をしなくてはならないのだ。
幸いにも適地はすぐに見つかった。もちろん、欲を言えばきりがない。だが、あれもこれもと高望みをしていては、いつしか最悪の選択しか残っていなかったという事態にもなりかねない。
キャラバンの長を務めるマチェットは、その場所を見つけた瞬間に即断した。
「この場で野営する。各自、準備に取りかかってくれ――」
そこは街道沿いの小高い丘であった。近くに木立も森もなく、見晴らしもいい。別に景色を楽しみたいわけではない。何かの異変が起きたとして、遠くからでも察知し、すぐに行動に移すことができるようにするためだ。おまけに街道と並行して清流も流れているときている。水に困ることもないだろう。
キャラバンの馬車は計六台。それらが時計回りに大きな円を描くように動いて停止した。馬車の車体で簡易的な防御壁を形作り、その内部で野営の準備を進めていくのだ。
「ありがとうよ」
サルトがキャラバンの夕飯を支度しようとしているのを見つけ、ソラは誰に頼まれるでもなく手伝いを買って出た。野営地の中央に火を起こし、水を汲みにいき、野菜を切る。もう大丈夫だよとサルトに感謝された頃には、もうすっかり日は暮れていて、そこかしこにはられた天幕からは光とにぎやかな声がもれ出てきていた。キャラバン全体の野営準備は完了していた。
「ここ、使ってもいいですか?」
ソラはマチェットに確認し、ある馬車の近くにスペースを確保する。
「寝床なら、そこらへんの天幕を使ってくれたっていいんだぜ。なんなら荷台の空いてるすき間にすべり込んでくれたっていい」
「ありがとうございます。でも、ひとり用の天幕があるので、それを張らせてください」
ソラは荷台に置いていた自分の背丈ほどもある荷物を持ってきた。キャラバンの馬車に乗りこむ際、マチェットに金属板と伝えた、あの荷物だ。
ソラは馬車の車体に接するようにして、まず油紙を地面に敷き、その上に取ってきた荷物を設置した。中身を包む、いかにも丈夫そうな綿生地をめくっていくと、革を被せられた大小いくつかの『板』らしきものが現れる。ソラは大きな板を二枚選び、それらが互いに支え合うようにして立てていった。包んでいた綿生地が持ち上げられ屋根になり、地面に敷かれた生地が床となる。あっという間に一人用のテントが完成した。
――今回は馬車に立てかけられるから楽でいいな。
いつもなら板が自立するようにロープを張らなくてはならない。その手間が省けただけでも、ソラはささやかに嬉しさを感じるのだった。
中に入りこんでみる。人ひとり分の体と荷物が収まれば、いっぱいいっぱいになってしまう。圧倒的な狭さだ。だが、この包まれている感覚が、ソラには心地よかった。なぜか安心感を覚えた。母の胎内がこんな感じだったのだろうか……。
――『これ』を、こんなふうに使うなんて……誰かに知られたら大激怒されそうだな……。
ソラは立てかけた板を撫でながら、心の中、ひとりほくそ笑んだ。
「お兄ちゃん……」
テントの外から幼い声がかけられる。
「はいはい……」
ソラが天幕から顔をのぞかせると、そこには両手に器を持ったミレが立っていた。
「ああ、もしかしてご飯を持ってきてくれたの?」
ミレの肩越しに、炊き出し中のサルトの姿が見えた。ソラの視線に気がついて、サルトは笑顔で軽く手を振った。
「ありがとう」
ソラが手を出すと、ミレは無言で器を渡し、そそくさとサルトの元へと戻っていった。帰っていく後ろ姿からは、ぱたぱたと足音が聞こえてくるようだった。
――小さいのに、しっかりとおじいちゃんのお手伝いをしてるんだ……。
祖父と孫娘。歳の離れた、たった二人の家族。こんな殺伐とした時代に、手を取りあって懸命に生きている。彼らの姿を見ていると、ソラは自然と温かな気持ちになってくるのだった。
「いただきます」
地面に腰を下ろし、二つの器を前にソラは手を合わせた。深い器には、厚切りの干し肉、ジャガイモ、タマネギの入った具沢山のスープがよそわれており、浅い器にはスライスされた塩漬け肉とパンが数枚のせられていた。
――温かい料理が食べられるなんて、ありがたいよな……。
日が沈んでしまうと、とたんに冷気がひたひたと体にしみ込んできてしまう。もうそんな季節だ。
ソラはスープを口に運んだ。優しい味が広がる。干し肉から出た塩味と野菜から出た甘味が、ほんのりと舌の上をころがっていく。次は、パンをちぎって塩漬け肉と一緒に口に放りこんだ。こちらは当然ながら、がっつりと塩味がきいていて、疲れた体に元気がしみ渡っていくのが分かった。
とにかく大満足であった――。
こんな野営をしなくてはならないような旅路で、決して豪華ではないものの、これほど美味い夕飯にありつけるとは夢にも思っていなかった。
「ごちそうさま……」
幸せな気持ちで食べ終わると、ソラはまた静かに手を合わせる。そして、いろいろなものに――それが誰に対してであるとか、何に対してだとかは思い浮かべはしないが――感謝するのを忘れなかった。
「なんだ、えらく準備がいいんだな――」
そんなソラが満たされた気持ちにひたっているところに、突然どこからともなく野太い声が降ってきたのであった。




