第1章―4
キャラバンは、まだのどかな田園風景の中を、隊列を乱さずゆっくりと進んでいた。バラディンを出発して数刻。おそらくこの時代でも安全地帯と呼べる数少ない国のひとつ――アクラの土を踏んでいる間は、よほどのことがない限り危険と遭遇することはないだろう。
よほどの――と言ったのは、危険が皆無とは言い切れないということだ。不意に馬車が止まる――。
「ん……?」
ソラが乗車していたのはキャラバンの先頭馬車。御者台のマチェットの肩越しに街道のその先をのぞき見る。隊を護衛する傭兵隊の一人が、馬に騎乗したまま、腕を横に制止の合図を出していた。
「村だ……」
街道沿いに十軒ほどの民家が建ち並んでいた。家屋を守る柵や塀のようなものは見当たらない。近くに森もなく、魔物に襲われる心配もなかったからだろう。
二騎の騎馬が、制止の合図を出していた傭兵に近づいていく。二言三言かわすと、その二騎の傭兵は村に向かって馬を進めていった。
誰の目にも明らかであった。村はもうすでに死んでいた。それも随分と前のことだ。遠くからでも荒れ果て、朽ち果てた家屋が確認できる。
「ひどいな……魔物にやられたんでしょうか?」
「いや、ここら辺に魔物は出没しない。おそらくは……」
ソラの疑問にマチェットが答える。
「盗賊の類いだろう……」
ソラは絶句した。
「盗賊……」
――こんな時代なのに、人間同士が争うなんて……。
しかも、バラディンからそんなに離れてもいない場所なんだぞ……。
「魔王の軍勢はまだまだ西の大陸にあるというのに、こうも人々の心は荒んでいくものかのう……」
サルトが言葉をこぼす。心から嘆いているようだった。しぼり出した声は車上のソラたちの耳に届くのが精一杯であった。
「西の国から流れてくる者も多いんだ。争いから逃れるためにな。そいつらの中には、悪事に手を染める奴もいる」
誰に聞かれるでもなく、マチェットがサルトの話を引き継ぐ。
「生きていくためにな……」
ソラはやるせない気持ちになった。
「大変な状況なんですね……西の国は。魔王の軍隊は――魔物たちの勢いはどれほどのものなんでしょう?」
「何とかしのいでいる国もあるにはある。だが、大国ならともかく、小さな国は容赦なく魔物どもに蹂躙されていっているようだ」
「魔王のせいだけではない……」
我慢できなかったのだろう。サルトが口をはさむ。
「魔王の軍勢は確かに西の国々を脅かしている。しかし、その混乱に乗じて、大国が国力の衰えた隣国に攻め入ったり、国の至るところで内乱が生じたり……人間同士もまた互いに争い合っているのだ……」
サルトは自分に寄りかかり、いつしか眠ってしまったミレの頭を大切なものを扱うように優しく撫でた。
「この子の親も暴徒によって殺されてしまった……。私たちは西国から逃げてきたんだ――」
マチェットもはじめて聞く話のようであった。いたわる言葉も出てこない。いや、見つけられなかったのだ。その場にいた誰もが口をつぐんでしまう。車上は急にしんと静まり返っていった。
サルトとミレ、二人の姿をじっと眺めていることができなくなったソラは、逃げるように目をそらす。
街道の先では、村の様子を見にいった傭兵が頭上で手を回していた。安全が確認できたのだ。
キャラバンはまたゆっくりと動き出した。のどかな田園風景にまぎれ、あとは風化していくのを待つばかりの村跡を、かつては人々の営みが繰り広げられていたであろう痕跡の残る場所を、今はただ馬の蹄と車輪の音だけが静かに踏み固めていく。
村を通り抜けようとしたとき、ソラは道端に咲く花に目を奪われた。
――ああ、こっちにもあんな花が咲くんだ……。
赤い花弁をいくつも反り返らせ、天に向かって燃えるように咲く花々が、風に吹かれ踊っていた。




