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第1章―2

 キャラバンの馬車がバラディンの城門を通過するとき、青年は好奇の眼差しで、形の整った無数の石が精緻に組み合わされた見事な天井を見上げていた。

「あんた、バラディンの町ははじめてだったのかい?」

 青年の向かいに座っていた初老の男性がにこやかに声をかけてきた。かたわらには孫だろうか、まだまだあどけなさの残る少女が老人の衣服をぎゅっと握りしめ、青年を少し警戒するような目で見つめていた。

「いえ、バラディンには結構長く住んでいるんですけど、あまり町の中を見てまわる機会がなかったもので……」

 そういうことかいと、その老人はふむふむとひとり納得したように無言でうなずいた。

「見事なものですよね」

 馬車は城門を出てすぐの橋――バラディンの城壁沿いに流れる天然の要害、アグラ川にかかる長大な橋――を渡り終え、右に折れようとしていた。川と並行して城壁と街道が延々と視界の先までのびている。

「千年も続いている国さ。その間ずっとこの壁が町を守ってきたっていうじゃないか。大したもんだよ」

「本当にそうですよね。こんなにすごい城壁を昔の人たちが作ったんだ……」

 青年はまた感心するように城壁を眺めた。この見事な建造物がこの先も数キロにわたってアグラ川に沿って続いているのだ。バラディンの町は丘陵地帯に王城を要として扇状に広がっている。町全体を取り囲む城壁の長さを合わせると、その総距離は十キロメートルにも及ぶ。

「ところで、あんたは剣士さんか何かかね?」

 青年の足元に置かれた、いかにも年季の入った薄汚れた剣に、老人は視線を送った。かたわらの少女もじっと見つめている。

「いや……剣士だなんて……」

 青年は遠慮気味にはにかんだ。嬉しかったのかもしれない。照れたように少しだけうつむく。

「剣士さんじゃないのかね?」

 そう問い直されて、青年は慌てて取り繕うように答えた。

「いえ、剣士だなんて、まだまだそんなふうに名乗れるレベルじゃありません。見習いみたいなものですかね……」

 老人は「そうかね……」と、納得したような、そうでないような一言を発すると、もうそれ以上その件を追及してくることはなかった。

「ああ、そうだ。すまんね、自己紹介がまだだった。私はサルト。こっちは孫娘のミレ」

 サルトが自分に寄り添うように座っている少女を紹介すると、ミレと呼ばれた娘は、ぱっとお爺さんの陰に顔を隠した。

「よろしくね、ミレちゃん。サルトさんも、旅の間どうぞよろしくお願いします。それと、僕の名前は、ソラっていいます。あまり聞かない名前かもしれませんが」

「確かに珍しい名前だね。異国の名だろうか……。その言葉には、何か意味がこめられているのかい?」

 すぐに答えが返ってくるものと思った。「意味なんて無いですよ」であろうと、「親がこんな思いでつけてくれたんです」であろうと、ままある質問だ、誰もが答えなれている類のものではなかろうか。だが、青年はどう答えるべきか迷っている様子であった。逡巡したあげく、ソラは遠慮がちに人差し指を天に向け、「この上に広がっている空という意味です」とはにかんだ。分不相応な名前だと謙遜しているのかもしれない。

「素敵な名だね。どこまでも広がっていく、やがて大きな器となる、そういう思いをこめて、ご両親はその名をつけられたんだろうね」

 ソラはバツが悪そうに、ただ作り笑いを浮かべるばかりであった。

「私たちは、この馬車で雑用として雇ってもらっているんだ。掃除や洗濯、食事の用意なんかをしている。ミレもよく手伝ってくれるんだ。本当に良い子なんだよ、この子は」

 サルトは見守るような優しい眼差しで、自分に身を寄せる孫娘の姿を見つめた。その微笑ましい光景にソラの顔も自然とゆるむ。

「ところで、あんたは南の方に下って何をしにいくつもりなんだね? このキャラバンはエストに向かっているが、あそこはあまり治安がよい場所とは言えないよ」

 サルトの問いかけに、ソラはまた困ったような顔をする。言うべきかどうか、迷っているのがありありとうかがえた。だが、やがて決心したように――そして、努めて大したことではないように――彼はこう答えたのだ。

「僕はマギアの依頼を受けて、『天秤の魔女』を探してるんです……」


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