第2章―10
「あんたねえ……。何度来られても、無理なもんは無理なんだよ」
翌朝のことだ。ソラは再びギルドを訪れていた。
今度は別室に通されることもなく、一階の受付カウンター前のテーブルで、前日に対応してくれたシュルトと、あらたにメッサーと名乗る貫禄のある男がソラの相手を務めていた。予想通り、ギルド一階の待合所は閑散としていた……。
「今日はあまり人がいないんですね?」
さりげなく探る。
「そうかい? 朝はこんなもんさ……。それよりもあんた、いくらマギアの紹介状があったって、こっちにも都合ってもんがあるんだよ。今は本当に動ける人間がいないんだ」
「もしかして、メッサーさんはギルドマスターさんなんですか? もしそうなら、そこを何とかお願いできないでしょうか」
これも探りに他ならない。マリルの言ったことが事実なら、本物のマスターはもうこの世にはいないことになる……。
「俺は……違う。ギルドマスターは……今は別の町に――そう、別の町に行っているんだ。忙しいんだよ」
マリルの言っていたことは、どうやら本当だったようだ。
――今頃、マリルは上手くやっているだろうか……?
ソラは、少女がギルドに潜入しようとしている姿を思い浮かべた。そう、今まさにソラがいるこの建物に、マリルは侵入しようと試みているのだ。
『手を貸してほしいんだ』
昨晩、彼女はそう言った。
『手伝うって……何を手伝うの? 誰かを傷つけるようなことなら協力はできないよ』
『そんなこと、あんたに期待なんかするもんか。あんたには人を殺せるようには見えない』
――殺すって……。
正直、ソラはそこまでのことは想像もしていなかったのだが……。
――いや、父親を殺されたって言ってたしな……。
復讐するなら、そんな可能性も考えてしかるべきだ。
『それじゃあ、マリルの何を……。あ、マリルって呼ばせてもらってもいいのかな? 僕のこともソラでいいから』
マリルは首を縦に小さく振った。
『じゃあ、マリルの何を手伝えばいいんだろう?』
『ギルドに忍びこむのを手伝ってほしい。あんたのあの魔法で、窓から中に入りこみたいんだ』
それと、あいつらの気をひきつけておいてほしい――。
今ここにソラがいるのは、そういう理由からだ。
ギルドから人が出払っているのも、未明に町外れの路地でマリルの姿をわざと発見させたお陰だ。街道を北に逃げるように偽装してみせた。
ギルドの連中はマリルを逃すわけにはいかない。それは、ある物を彼女が所持している可能性があるからだ。ギルドの命運を握る、ある重要な宝を……。
しかし、ソラはすでに知っている。マリルから聞いていたのだ。彼女は「それ」を持っていない。「それ」は、今まさにソラのいる、この建物の中で眠っているのだ。裏切り者どもがたやすく見つけられない場所にひっそりと隠されている。
『何かを盗るつもりなの……?』
『盗むだって! 冗談言わないでよ。奴らの手に渡らないように守るんだよ!』
マリルは悔しそうに顔を歪めた。
『あたいの父親はギルドマスターだったんだ。あいつらはギルドを乗っ取ろうと、父さんを殺しやがった……。でも、印章が――ギルドマスターの証でもある、あの印章がなけりゃ、やつらはただの裏切り者だ。父さんの形見なんだ。あの印章は絶対に取り返したいんだよ!』
通常、新しくギルドマスターを拝命する者は、前マスターから印章を――穏便に――譲られる。
だが、今回のように不穏な方法でマスターの地位を奪おうとした者は――その印章を万が一にも手に入れられなければ――各国のギルドが手を組むシンジケートから制裁される定めにある。ギルドの掟を破った不届者は、地の果てまで暗殺者たちに追狙われ続け、最後には必ず始末されるのだ。
――そうなりゃいいんだよ、あんなやつら!
その秘めた思いを、マリルは口にしてはいない。確固とした意志が、目の奥で静かに燃えたぎるばかりだ。
――あいつらに、絶対に印章を渡すもんか! あいつらの運命はもう決まっているんだ!




