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第2章―8

 薄暗い路地から、何食わぬ顔をしてソラは大通りに合流した。エストの町でもさまざまな店が立ち並ぶ賑やかな通りだ。しかし、日が暮れてほとんどの商店は店じまいを始めている。急がなければ開いている店は酒場ぐらいのものになってしまうだろう。

 ――とりあえず、今晩の分だけ買えればいいか。

 今日はそれでいいとしても、遺跡の探索に戻るときには、背負えるだけ食材を購入していかなければならない。

「――すみません、まだやってますか……?」

 野菜や果物を扱っている店で、店主に嫌な顔をされながら玉ねぎやレタスに『似た』野菜を買い求める。意外にも、こんな荒れた土地にも関わらず新鮮な野菜が手に入った。

 ――キャラバンも出入りしている町だからなのかな……。

 作物を産地から直送するルートが出来上がっていても不思議ではない。

 魚も新鮮なものから干物まで手に入った。近くにフラモ湖という巨大な水瓶があるからだろう。

 ――さすがに魚も干物も、部屋では焼けないよな……。

 煙や臭いで、宿の人間が部屋に訪ねてくる光景が目に浮かぶ。そんな事態は避けなければならない。

 ――あの娘があそこにいることは絶対に知られてはいけない……。

 魚はあきらめ、ソラは肉屋を探した。だが残念なことに、肉類に関しては干し肉や塩漬け肉しかなかったのだ。ソラにはよく分からないが、これも産地や流通に何か関係があるのかもしれない。

「ベーコンをひと塊いただけますか」

 ――これでサンドウィッチと温かいスープでも作ろう。

 この地域は昼夜の寒暖差が激しい。キャラバンの夕食に出た具沢山のスープも、体が温まって本当にありがたかった。

 ――あの娘も喜んでくれるかな……。

 彼女がスープをすくったスプーンを口に運ぶ。サンドウィッチをがぶっと噛みついて頬ばる。そんな姿を思い浮かべて、ソラは自嘲した。

 ――いや、やっぱりあの娘はいなくなっているだろうな……。

 あらためて、またそんな予感を覚える。

 ――まだ名前も聞いてなかったな……。

 実はソラ自身も名乗ってはいない。彼女の事情が明らかになるまでは、互いに素性は隠しておいた方がいいだろうと判断したのだ。

 ただ、一つだけ少女が提案したことがある。

『あたいを手伝ってくれるなら、あんたの調査とやら、手伝ってやるよ』

 ――いったい、何を手伝わされるんだろうか……。

『人を傷つけるのは無理だよ』

『そんなこと、あんたに期待なんてしない』

 値踏みするような目で彼女はそう言った。

 ――いや……。

 やっぱり気が変わって、あの娘はいなくなっているに違いない――。

 そんなタイミングで、ソラのお腹がぐうと鳴った。まるで、アラームやToDoの通知のように自らの空腹を知らせる。

 ――戻るか……。

 ソラはやって来た道を引き返し、今度は堂々と、通りに面した正面口から宿屋に入った。

「おかえりなさい」

 こじんまりとしたカウンターから、この宿の女主人がにこやかに声をかけてくれた。

 この宿屋の一階は、食堂や酒屋を兼業していない。純粋な宿屋として営業していた。ソラはあえてそういう宿を選んだのだ。酒屋と合体している宿は、売春婦を斡旋してきたり、ガラの悪い人間が出入りしていたりで、要らぬトラブルに巻き込まれることも多い。

 部屋の鍵を受け取りながら、ソラは女主人の表情をうかがった。こちらを怪しんでいる様子は見てとれない。どうやら、少女のことはバレてはいないようだ。

 ――部屋にも近づいていないようだな……。

 魔法で扉に鍵をかけてきたのだから、そもそも普通の鍵では部屋に入ることはできない。訝しまれていないということは……。

 ――つまりは、そういうことだ……。

 階段を上がって、部屋の前に立つ。物音はしない。事前に探索魔法を使って中の様子を探ることもできる。追手が少女の居場所を突き止め、中に潜伏している可能性だってありえる。彼女を手引きした仲間として襲われても仕方がない。

 だが、小さな範囲で魔法を行使したとしても、そこにたまたま他の魔導士がいたならば即座に感知されてしまう。探索魔法はソナーであると同時にビーコンでもある。こんな町中で探索魔法を使うには相当の理由があるのだろう――そう勘ぐられるのはあまり面白くない。

 ――まあ、襲われてもすぐに対応はできる……。

 ソラはミスリルの小剣を自分の正面に浮かべた。鍵魔法を解除する。他の誰かに鍵魔法を操作された気配はなかった。

 次いで、宿の女主人から預かった本当の鍵で扉をゆっくりと開けていく。

 ――なんだ……。

 部屋の中を覗いて、ソラは安心したような、呆れたような気持ちになった。

 そこに少女はいた――。

 逃げてなどはいなかった。それどころか、ベッドの上で、すうすうと穏やかな寝息をたてて眠っていたのである。

 きっと、体も心も本当に疲れていたのだろう。

 ――だって、よくよく考えたら、まだ幼い女の子だもんな……。

 ソラは少女を起こさないように、そっと後ろ手に扉を閉めた。


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