第2章―7
少女は警戒した猫のように目を細め、ソラを威嚇し続けていた。壁の中に二人、まだ向かい合ったままだ。
「お父さんを殺された……?」
――追いかけていた連中は、いったい何者なんだろうか……?
この娘も狙われているのか?
――いや、待て……。
それが本当のことかどうかなんて分からないじゃないか。この身なり……あの身のこなし……。
そうだよ。この娘だって普通じゃない……。
この娘も、いったい何者なんだろう……?
「あのさ……君を追いかけていた男たちって何者なの……? お父さんを……その……殺されたって……。どうして……」
少女は警戒の目を解こうとはしなかった。それが彼女から返された、ただ一つの返答であった。
――そりゃそうだよな……。
こんな見ず知らずの人間に、ほいほい事情を話すいわれはないよな……。
まずは自分が何者なのかを開示すべきだとソラは思った。
――支障のない範囲でだ……。
「一応、僕のことを言っておくね。なんとなく……じゃなくても分かるか……。僕は旅の者で、この町の人間じゃない。アクラ国から南の方にある遺跡の調査にやって来たんだ」
少女の顔色をうかがいながら説明していく。だが、変化の兆しなんてあいかわらず、どこにも見て取れない。意図して無表情を決めこんでいるのだろうか。ソラは続けた。
「ちょっと、その遺跡で助けが必要になってね。それで、この町の盗賊ギルドに探索を手伝ってもらおうと思ってやって来たんだけど……」
少女の表情筋がぴくっと少しだけ動いたような気がした。それはソラの錯覚であったかもしれない。それほど、ささやかな変化だったのだ。
――この娘も、あの追手たちも、ギルドの関係者である可能性がかなり高い……。
彼らが醸し出す雰囲気……。それに、そもそも、ここは盗賊の町なんだしな――。
しかし、これで少女の閉ざされた心が氷解していくと期待するにはまだ早かった。続けて少女の口が開く……ようなことにはならなかったのである。ソラは困ったように、それからもこの場をつなぐための話題をひねり出し続けなければならなかった。少女とはいえ、閉ざされた空間に女性と二人きり。しかも、相手は愛想も何もあったもんじゃないときている。居心地の悪さは折り紙つきだ。
「必要なければ……もう本当に正直に言ってくれたらいいんだけど……。もし事情が事情なら、逃げるのを手伝うこともできると思う」
少女からの返事はやはりない。反応を期待するのは、もうあきらめるしかないのかもしれない。
「まあ、動くにしても、日が落ちてからにはなるけどね……」
暗に、それまではこの状態で我慢してねと伝えたつもりであった。
「ねえ……あんた……魔導士だよね――」
――えっ……?
不意に――それはあまりにも唐突すぎてソラにも予見できないタイミングであった――少女はそれまで頑なに閉ざしていた口を突如開いたのである。
ソラは宿の部屋にようやく戻ってくることができた。エストの町の中心部に位置する宿だ。
もちろん少女も一緒である。しかし、当然ながら真正面から宿に入ってこれるはずもなく、土魔法を駆使して、二階にある部屋の窓から侵入したのである。もちろんそこにたどり着くまでに、夕闇にまぎれ建物の屋根という屋根をつたい歩いてきたのだ。誰かに目撃されるわけにはいかない……。
「ゆっくりしておいてくれていいよ。僕は夕食の買い出しにいってくるから」
そう言うと、ソラはまた窓から外へと出ていった。一階に下りていっては、宿の人間にいつ帰ってきたのかと怪しまれるに違いない。念のため、部屋の扉には鍵魔法シュロシロをかけてきている。部屋の中からは誰にでも開けられるが、外の廊下側からは同レベル以上の魔導士でなければ解除することはできない。
――部屋に戻ったら、あの娘はもういなくなっているかもしれないな……。
外出している間に姿をくらましている可能性は大いにありえる。それでもいいとソラは思っていた。盗られて困るようなものも置いてきてはいない。
――そうなったら、これからあの娘がどうなってしまうのかは、ちょっと気にはなるけど……。
どんな未来を選ぶのかは本人次第だ――。
――できることなら手助けをしてあげたいんだけどな……。
そんな心残りをきっと感じてしまうことになるだろうと、ソラは思うのだった。




