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第2章―5

 ――あいつら、絶対に許さない……。

 あいつら、父さんを――。

 少女はひた走った。何としても逃げ切らなければならない。そして、逃げるだけでは決して終わらせはしない。

 奴らに復讐しなければ――。

 幸いにも少女はこの町のことをよく知っていた。町の構造だけの話ではない。そこに住む人々の情報、人間関係、ゴシップにいたるまで、それこそ何でも隅から隅まで自分の目と耳でかき集めてきた。

 情報は力だ――。

 父親がよく聞かせてくれた言葉だった。だが、今回は先手を打たれてしまった。奴らに出し抜かれたのだ。

 ――父さん……。

 少女は入り組んだ路地をすり抜けながら、父と待ち合わせるはずだった場所で目撃した、あの衝撃的な光景を思い返していた。ついさっきの出来事だ。

 ――あいつら、父さんを突き落としやがった……。

 町外れの尖塔。かつては見張り台として使われていた、今となっては誰も寄りつこうともしないその場所で、少女は父と落ち合うことになっていた。だが、そこにたどり着く前に、その現場を遠方から目撃してしまったのだ。塔のてっぺんで数人の男たちが争っている姿を――。そして、男がひとり塔から落下していく場面を……。

 ――あれは父さんに違いなかった……。

 それから自分も追われる身となって、今現在のこの状況だ。

 ――奴らの狙いは分かっている……。

 「あれ」の在処は、絶対に明かしてたまるものか――!

 少女は角を曲がった。ここを曲がったところに、下水路へとつながる入り口があるのだ。そこから、とりあえずは町の外に逃れ、機会をみて出直すつもりであった。だが――。

「えっ……?」

 少女は目を疑った。見当をつけていた場所にレンガの山が置かれ、下水路への侵入口をふさいでいたのだ。事前に少女の動きを予期した何者かの意図あってのことではない。建物の壁面補修用の資材として、たまたまそこに置かれてしまったというのが本当のところであった。

 ――ちくしょう……!

 少女は周囲の壁を見渡す。どこか屋根までの足がかりになるような出っ張りや足場がないものだろうかと。

 ――来た道を戻るべきだろうか……?

 今ならまだ――。

 そう考えたが、時すでに遅しであった。遠くから複数の人間がこちらに駆けてくる足音が耳に入ってきたのだ。ご丁寧に「あっちに行ったぞ」との掛け声も聞こえてくる。追手に間違いないだろう。

 少女は焦った。だが、それも一瞬のことで、次の瞬間には奴らと渡り合う覚悟を決めていたのであった。

 包囲網の一角を崩し、そこを突破する――。

 ――取り囲まれてはダメだ……。

 少女は壁を背にして敵を待った。まだ、腰の裏側に挿した短剣は抜かない。最初から奴らに大きな警戒を抱かせてはならない。自分は、か弱く、無力で、抵抗などできるはずのない、ただの雌ガキだと侮ってもらわなければ困るのだ。

 追いつめられ、牙をむかない動物などいないことを奴らに思い出させてやる――。

 ――男にすがらないと生きていけない、そこら辺の女どもとあたいを一緒にするなよ!

 少女は身構えた。もうすぐ、あの角を曲がって奴らが姿を現すだろう……。ごくっと喉が鳴った。

 そのとき――。

 すっと背後から手が伸びてきて、少女の口と身動きを封じた。

 ――!

 なぜ? どうして!

 少女はパニックにおちいった。

 背中には土壁の感触があったはずだ。自分は間違いなく建物を背にして立っていた――。

 だが、その背中の感触も今となっては不確かで、少女はその誰とも知らぬ両手に、ずずずっと壁の中へと引き込まれていったのだった……。


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