第2章―4
そんなに衝撃があったわけではない。猫にでも一瞬、肩に乗られたような感触だった。ただ、あまりに動揺してしまい――しばらくは何が起きたのか理解できなかった――腰がくだけるように、ソラはその場にすとんと座りこんでしまったのである。
まさか自分を踏み台にするなんて――。
まるで魔法のようだった。少女は確かに宙を舞ったのだ。洗練された技術や体術は、時として魔法と見まごうほどに美しい。
そして――あの少女は最初から誰かに助けを求めようなどとは考えてもいなかった。
「あいつ!」
娘を追いかけてきた男たちが壁を見上げていた。いかにも彼女と同業といった、動きやすそうな格好をしている。
ソラにとって幸いだったのは、その男たちが彼を踏み台にしようとはしなかったことだろう。
――誰にでもできることではないんだな……。
足場がわりにされたものの、ソラは少女の身軽さに素直に感嘆していた。
――それよりもだ……。
娘を追いかけてきた男たちがソラのことを睨みつけていた。
――仲間だと思われていないだろうか……。
だが、そんな懸念は不要であった。男たちは、ソラが彼女の仲間などとは一ミリも考えてはいなかったのだから。
彼らはへたりこんでいるソラを一瞥しただけで、すぐに走り去っていった。意に介す余地さえないかのように。
ソラは安堵した。だが、男たちの自分への態度には少し引っかかるものがあった。
自分は、そんなに無害そうな――取るに足らなさそうな――人間に見えるのか……。
ソラはひとり、へこんでしまった。だがすぐに、気持ちを切り替えるように大きく息を吐いた。がっかりだという気持ちをその吐息のせて。
――でも、このまま放っておくわけにもいかないか……。
少女の今後が気になった。ソラお得意の想像力の翼をはたらかせてみたならば、彼女の行く末は寝覚めの悪いものになりそうな予感がしたのだ。
「ああ、もう!」
本当はこんなことに関わりたくないのに――そう自分に言い聞かせながら、ソラは詠唱を口ずさんでいた。探索の魔法エスプロリである。
魔法が発動すると、ソラは周囲の空間を――今回の場合は町の一区画にある道や建物の形状、配置を――瞬時に把握することができるようになる。探索できる範囲は、魔導士としての能力とこの探索魔法の練度によって変動する。そして、その認識の仕方については、二つの捉え方が魔導士の意思とは無関係に自動的に付与されるのだった。一つは自分の視覚にさまざまな情報が重なって見えるようになること。もう一つは頭に直接、周囲の地形が――今回は町の地図が――平面ではなく立体的に思い描かれるというものであった。もちろん、人や魔物といった動く物体もリアルタイムで認識できる。
――もう、あんなところまで行ったのか……。
娘のすばしっこさに感心しながら、ソラは土魔法テロンを唱えた。建物の土壁の一部が変形し、階段状にせり出してくる。
ソラはその階段を上りながら、一抹の不安にかられていた。
――そっちは、ちょっとまずいんじゃないか……。
少女はすでに屋根を下りていた。逃げるという点では建物の上を伝っていく方が有利であろう。おそらく、少女は目立つのを嫌って路地を進むことを選んだのだ。
――そっちは……。
行き止まりだ!
もしかすると、少女は承知の上で袋小路へと向かっているのかもしれない。何かしらの確信めいた手立てがあるのやもしれない。
――でも、もしそんなものがなかったとしたら……。
ソラは土魔法で階段や家屋の屋根と屋根とをつなぐ橋を作りつつ、少女に追いつこうと懸命に走るのだった。




