第2章―2
クラード山脈を貫く渓谷を南に抜けると、北方地帯の緑豊かな光景とは打って変わり、とたんに痩せて乾いた大地の姿が目に飛び込んでくる。ごつごつとした岩肌がむき出しの地面は太陽の容赦ない日差しに焼かれ、昼夜の寒暖差で脆くなった表面は、そよ風にでも削られていくようだ。今まさに進行形で砂漠になろうとしている最中であった。
山脈を下っていく街道沿いの斜面には、枯れているのか生きているのか定かではない灌木がまばらにへばりついている。そんな荒地がはるか先まで続いていた。だが、さらにその先、それこそ地平線の間際にまで目を凝らすと、こんな土地には不釣り合いな景色が横たわっていることに気づく。本来、広大な砂漠があるべきその場所には、対岸を水平線の向こうに隠した、海と見まごう巨大な湖が堂々と鎮座していたのであった。
フラモ湖である。大昔、名のある大魔導師によって作られたとの逸話も伝わっているが、その真偽は定かではない。ソラが探索していた遺跡は、その湖畔近くの山裾に隠れていた。だが、せっかく時間と手間をかけ、そこまでたどり着いたものの、ソラはまた同じ時間と手間を使い、このクラード山脈南麓の中腹に位置する、交易都市エストに舞い戻ってくる羽目になったのだった。
「ここか……」
盗賊ギルドの建物はすぐに分かった。なにせ盗賊が牛耳っている町だ。誰もがギルドの所在を把握していたし、関係者もここそこにごろごろしていたのだ。二、三人に尋ねただけで簡単にたどり着くことができた。
ちなみに、この町が盗賊に支配されているといっても、表向きは地方領主がしっかりと治めている。盗賊ギルドはあくまでも裏で手を引いているにすぎない。南北交易の要でもあるこの町の権益に引き寄せられるように、自然と犯罪者たちが集まってきて、他都市とは比べるべくもない巨大なギルドを形成していったのである。それはもはやギルドと呼べる代物ではなくなっていた。シンジケートと呼称するのが適切であっただろう。
ソラが向かおうとしていたのは、そのギルドが表向きの顔として活動している人材の斡旋所であった。商人向けには、さまざまな調査やキャラバンの斥候役などを、冒険者向けには、遺跡やダンジョン探索時の鍵や罠の解除などを、それぞれのスキルを持ったギルドメンバーを紹介してくれるのだ。参考までに言っておくと、裏ではスパイや暗殺などの仕事を請け負っている……。
「ほら、ここにマギアの紹介状もあるんですよ」
個室に通されたソラは、シュルトと名乗る若い男性と交渉していた。営業担当だと自己紹介を受けたが、はたして盗賊の仕事に営業というものが必要なのかどうか……。正直、しっくりとはこない。机向かいに座っているシュルトも、一見、盗賊などとは縁もゆかりもない好青年にしか見えない。ギルドの受付にいた女性も同じ印象だった。貴族の元で働いている侍女のような、きちんとした制服に身を包み、にっこりと愛想笑いをよこして、およそ盗賊のイメージからはかけ離れた丁寧な言葉で挨拶してくれたのだった。
「申し訳ありません。何度も申してあげている通り、今、ギルドは少し立て込んでおりまして……。マギアのご依頼とはいえ、人員を割くことができないのです」
「報酬もちゃんとお支払いできるんですよ。日当で銀貨二枚までなら、マギアの規定で無条件でお支払いできるんです。もっと必要ならアクラ国に交渉することもできますし……」
マギアやアクラ国の名を盾にするのは気が引けたが、そうしなければギルドの支援は受けられそうにないというところまでソラは追い詰められていた。不本意ながら、それら世に聞こえし名の威光を借りるほかない。しかし、相手はそれでも首を縦には振ってくれないのだ。
「もう本当にお手伝いをさせてほしいのは山々なのですが……。アクラやマギアのお役に立てる機会などそうそうあるものではないのも承知しておりますし、報酬も大変、魅力的ではありますが……申し訳ありません……」
――これ以上は粘っても無理か……。
ソラは出直すしかなかった。
ギルドを辞して、さあどうしたものかなと思案する。あまりに考えながら歩いていたせいだろうか。宿に向かうつもりが、物の見事に道に迷ってしまっていた。
エストの町の入り組んだ路地に、ぽつんと一人たたずむ。
――この町で、こんな場所にいるのはやばいんじゃないのか……。
そんなふうに危機感を募らせていたときであった――。
ソラは、彼女と出会ったのである。これから長い旅を共にする、旅の終着地点まで見届ける、運命の少女と。
そのとき彼女は、数名の男たちに追われていたのであった……。




