第2章―1
「ヤバいヤバいヤバい……ヤバいって!」
サンクタルーモ――聖なる魔法の光――をそこここに自ら灯した薄暗い通路。ソラは何かに追われるように全力で疾走していた。
通路は天井も壁も床もすべて石レンガでできており、カミソリの刃も通さない精緻さで積み上げられ、また敷き詰められていた。明らかに人の手によって作られた地下構造物――ダンジョン――であった。
ソラは地下に眠っていた遺跡の中を、ひとり逃げ惑っていたのである。振り返ると、そこにはもやもやとした白いガスがゆっくりと、しかし確実に自分の後を追いかけてきていた。実際には、単に自然の摂理にしたがって気体が広がっているだけのことなのだが、慌てふためいていたソラは、そのガスがまるで何かしらの意図を持って押し寄せてきているように感じずにはいられなかったのである。
――風の魔法で散らせるだろうか……?
いや……この狭い通路でガスがどのように振る舞うのか見当もつかない――。
最悪、風圧に巻き込まれたガスがより勢いを得て、自分に襲いかかってくることも大いにありえるのだ。
――あのガスの効果は何だろう……?
毒、麻痺、酸……? 熱気は感じられなかったから、高温の水蒸気ではない。
――何にしたって、どうしようもないか……。
被害を受けても、対処する術を今の自分は持ち合わせていないんだから――。
なめていた――と言えば、その通りだ。この遺跡がもう廃墟と化しているとばかり思いこんでいたのは事実だし、自分の実力を過信していたのも間違いない。どんな困難に遭遇したとしても、自分なら乗り越えられると高をくくっていたのだ。
――調子にのってたのかな……。
謙虚さは失っていないつもりだったけど――。
走りながら、ソラがそう自戒しはじめたときのことだった。
――ヒュン!
突如、耳のそばを風切り音がかすめていく。ソラはすぐにその音が飛んできた方向を視野におさめる。二つの黒い影が迫ってきていた。すでに目の前にあった。
それが矢であると、ソラはすぐに認識する――。
兜をかぶった戦士ならば――しかも手練れの戦士ならばだ――少し首を傾け、衝突する角度をずらすことで矢を弾きそらすことができただろう。
だが、ソラは金属兜を装着してもいなかったし、そもそも反応できる反射神経も技量も持ち合わせてはいなかったのだ。
直撃コースであった……。
キンッ……カキィン――!
――と、すんでのところでミスリルの小剣が矢を弾きとばす。
ソラの身体的な能力の中で唯一といっていいほどの秀でた長所が目の良さであった。優れた動体視力によって、剣の太刀筋や高速の飛来物を見極めることができる。だが、惜しむらくは体が反応できない。筋力だけではない、反射神経も一流の戦士には遠く及ばなかったのである。
だが、ソラはそれを克服した。生来のあきらめの悪さと苦心に苦心を重ね成し遂げたのだ。魔法による剣術であった。
それでも――。
と、ソラは思う。ぞっとしていた。
――罠は全部つぶしたと思っていたのに……。
一歩間違えれば、あの飛翔してきた矢に、自分の喉は貫いていたかもしれないのだ。
遺跡に潜ってよりここまで、探索の魔法エスプロリを使い、通路に隠されている怪しい構造物を片っ端から発見、破壊してきた。それはもう本当に、ミスリルの剣で力づくに――。
その結果が、今のこの状況だ。調子よくトラップを壊し続けてきたら、突然ある罠からガスが噴出したのだ。
――こんな種類の罠も、そりゃあるよな……。
残念ながら、罠を解除するスキルをソラは持ち合わせていなかったし、自動的に罠を解除してくれるような、そんな便利な魔法もこの世には存在しなかったのである。
なおも背後からガスは追いかけてくる。まるで幽霊がおいでおいでと手招きをしているかのように。
ソラは決断するしかなかった。
――無理だ……。
この迷宮を、ひとりで攻略するのは――。
とにかく、このダンジョンを無事に地上まで戻る。そのあと、いったん町に戻ろう。
盗賊の町、エストへ――。




