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第1章―12

 どんなに知性が乏しかろうとも、仲間という意識は持ち合わせているのだろう。一体が倒れると、他のトロールたちは一斉に激昂の叫びをあげた。そのあまりの憎悪、怒りの響きは、野営地にいる者たちにまで届き、彼らの心と体を同時に震え上がらせたのだった。

 トロールは残り九体。それらが地響きをあげ、踏み出した一歩一歩が大地を砕きながら、なだれをうったようにソラへと押しよせてくる。連携もへったくれもない。目の前に立つ、自分たちの仲間を屠った罪人に復讐せんと、我先にただ突進してくるのだ。

 恐ろしい殺意をこめたトラックが、四方八方から自分に迫ってきているようなものであった。

 ソラは息をひとつ深くはいた。気持ちを落ち着かせるためだ。心が動揺してしまっては、詠唱に影響を与えてしまう。

 ――僕は、剣士になれなかった……。

 背後から迫ったトロールが、馬鹿のひとつ覚えみたいに鉄棍を振り下ろしてくる。

 ソラは振り向いた。だが、襲いくるトロールをその視野におさめるのが精一杯で、攻撃を剣で受けたり、避けたりするには、あまりに遅すぎるタイミングであった。

 ――どんなに素早く動こうとしても、体が反応してくれなかった……。

「でも……」

 主を守るように宙に待機していた二振りの中剣が、突如ノーモーションで飛んでいく。

 ――魔法なら……。

「どんな達人よりも、速く動くことができる――!」

 二本の中剣は空中で交差し、トロールの振り下ろした鉄棍を受け止める。同時に衝撃の角度をずらす。

 鉄棍の勢いは斜めにそらされ、巨人が向けた憎悪の一撃は地面をただむなしく砕いたのみであった。だが、トロールに次の一手はもうない。そのときにはすでに、ミスリルの小剣の対が頭部の巨大なひとつ目を貫いていたのだ。

 トロールは自分の身に何が起こったのかも知らず、絶命していた……。

「あれは何だ……?」

 ガルマンとヤミスは、固唾を飲んで、その光景に見入った。

 宙に六振りの剣が浮かんでいた。大剣と中剣、そして、小剣がそれぞれ二振りずつ。いずれの剣も淡い白光をまとっている。魔法によって鍛えられた破壊不能、絶対不可侵の金属、ミスリルの剣であった。

 その後、キャラバンの面々が目撃した光景は、一言で形容するなら、蹂躙という言葉をおいて他にはなかっただろう。

 怪物に人が蹂躙されるのではない。人が――たったひとりの人間が――巨大な怪物たちを蹂躙していったのだ……。

 縦に横に両断され、まっぷたつに裂かれた肉塊が崩れ落ちていく。地面を震わせる。また、あるものは、いつのまにか頭部に腹部に大きな穴をあけられていた。自らも知らぬ間に貫かれていたのである。

 巨大な怪物たちは、憐れに思うほど惨めに、圧倒的な力の前に押しつぶされていった……。

 ――いったい、どっちが怪物だっていうんだ……。

 ガルマンは口の中に苦いものを感じながら、その凄惨な光景を見続けていた。


 翌日の夕方には、山脈の渓谷を抜け、キャラバンは目的地のエストの町に到着した。

 口には出さなかったが、誰もが奇跡だと感じていた。皆、命の価値をあらためて噛みしめただろう。

 それはもう本当に奇跡だったのだ。キャラバンが遭遇した魔王の軍隊――その軍勢は、小国ならば一国を滅ぼすことができる規模だったのだから……。

「ここでお別れかの……」

 馬車から荷物を下ろそうとしているソラに、名残惜しそうにサルトが声をかける。かたわらにはミレの姿もあった。

「そうですね……。僕はまだ南の方に向かわないといけないですから……」

 ソラは思い浮かべた。

 ――もし、このキャラバンで旅を続けることができたなら……。

 いろんな場所に行って、いろんな人と出会って、いろんな経験をして――。

 ――いったい、どんな新しい景色を見ることができるのだろうか……。

 それも悪くないと思った。旅は好きだったし、何よりも誰かと一緒にいられることがソラの望みでもあったからだ。

 ――そんな生き方もある……。

 誰に強制されることもなく、自分で進む道を選んだっていいはずだ。

 この世界に来て、せっかく心が解放されたのだから――。

 ――でも……。

「僕にはやらないといけないことがあるんです……」

 冒険が待っている――。

 飽くなき探究心が、その思いをとどめることを許さない。

 秤の魔女を見つけてみせる――。

 自分をどこかへと導こうとしている、その魔女を……。

 ソラは腰に帯びた剣の柄を、ぎゅっと握りしめた。

「お兄ちゃん……」

 ミレが引きとめるみたいに、青年の袖をつかんだ。少女と目線が合うようにソラはしゃがむ。

「僕のことを魔法剣士だなんて呼んでくれて、ありがとう。本当に嬉しかったんだ」

 ソラはサルトを見上げて言った。

「もし東の方に向かうようなことがあれば、ルアン国のハルという町に行ってみてください。とても良い人たちばかりで、きっと気にいると思いますよ」

 サルトはソラが何を言わんとしているのか理解した。

「ああ、いつか訪ねてみるよ。お前さんも気をつけてな」

 そして、老人は最後にこう付け加えたのだった。

「――大きな力に振り回されないようにな……」

 ソラは立ち上がり、ミレの頭を撫でた。

「また、どこかで会おうね――」

 少女は小さくうなずいた。


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