第1章―11
「まだ終わってない――!」
ガルマンの声に、ソラは現実に引き戻される。
骸骨たちの魂があるべき場所へと帰っていき、後には崩れ落ちた鎧の墓標が一面に広がっていた。その向こうで、大地の一部が動いた……。
いや、幾つもの山が盛り上がってきたのだ――!
「何だ、あれは……」
まるで要塞であった。
動く要塞――。
それは、重厚な装甲に覆われた、巨人たちであったのだ!
「トロールだ!」
ガルマンが叫ぶ。と、そのときにはもう、ソラは巨人たちに向かって駆け出していた。
「ダメだ! 奴らには魔法が効かない――!」
鋼の塊のような兜からのぞく巨大なひとつ目。異なる世界ではサイクロプスと呼ばれていたことだろう。だが、ヌメヌメとした緑色の皮膚に、巨体ではあるものの、いかにも鈍重そうな、だらしのない体型を持つこの魔物のことは、この世界ではトロールと認識されていた。
彼らは知性に乏しい容貌をしていた。そして、それは間違ってはいなかった。だが、それゆえに――知性が乏しいがゆえに――魔法が効きにくいという特質を備えていたのである。
――魔法使いには、分が悪すぎる……。
ここは退却すべきだ、ガルマンはそう判断した。
「ソラ、戻ってくるんだ! 今のうちに、この場から離れるんだ!」
だが、ソラは駆けるのをやめない。
――無謀だ……。
いくらミスリルの剣といえども、あの巨体……あの数を相手になどできない――。
「大丈夫!」
まるでガルマンの思考を読んだかのようにソラが叫んだ。
「だって……」
ソラは微笑んでいた。自信にあふれ、思わずもれ出てしまったという笑みであった。
「――僕は、魔法剣士なんだから……」
誰かに伝えるわけでもなく、自ら言い聞かせるように、ソラはひとり呟いた。
詠唱を開始する――。
手に持ったミスリルの剣で勝負を挑むのではない。効きにくいと警告を受けた魔法で戦おうとしているのだ。
――魔法剣士なんだから、魔法と剣で戦わなきゃ……。
そのとき、野営地の中で異変が起きた。馬車に立てかけられていた荷物が振動を始めたのである。ソラの張ったテントであった。
気づいたガルマンとヤミスが注視する。瞬間、その布を破って何かが飛び出していった。とても目で捉えきれるスピードではなかった。
――あれは、何だ……?
その物体はソラに向かって飛翔していく。数は六体……いや六振りというべきであったかもしれない。
それぞれが淡い白光をまとっていた。大きさは一様ではない。かすかに先が尖った流線形をしていた。
――マギアの地下に眠っていたんだ……。
飛翔体の群れは、大地を駆けるソラの頭上を通り越していった。
――それを僕が鍛えなおした……。
「魔法によって――!」
鋼が火によって鍛えられるように、白銀を魔法によって鍛えた、この世の理の枠外に位置する、絶対不可侵の金属――ミスリル。
今まさにトロールに襲い掛かろうとする飛翔物の正体、それは大小さまざまの、ミスリルの剣の群れであったのだ。
トロールたちは、近づいてくるソラの姿をすでに捉えていた。魔物そのものが光を嫌い、夜に活動する習性をもつ。それゆえに夜目に強く、その中でもトロールは巨大なひとつ目により飛び抜けて感度の高い視覚を有している。
ソラの真正面にいたトロールが巨大な丸太を持ち上げ、頭上に掲げた。いや……夜空を背景に黒く鈍く光るそれは、丸太などではなかった。
鉄塊の棍棒――その造形は、あまりに凶悪で禍々しく、ひどく暴力的であった。ひとたび振り下ろされれば、いかなるものもその暴虐の嵐に巻き込まれ薙ぎ倒されてしまうだろう。
そして、それはすみやかに実行された。攻撃範囲に入るや否や、トロールはためらう素ぶりも見せず、ソラめがけてその凶悪な鉄塊を叩きつけてきたのだ。
――僕は剣士になれなかった……。
どんなに努力しても、剣士に必要な筋力を身につけることができなかった――。
「でも……」
――魔法なら……。
ソラは呪文をささやき、ミスリルの剣に命じる。
こんな大剣も……誰よりも速く振ることができる――!
一本の大剣がトロールの鉄棍を受け止める。それはソラの背丈をわずかに超える長さを持っていた。一瞬で動きを封じられ、微動だにしない棍棒。いまだかつて経験したことがない事態に、さすがに鈍い頭のトロールでも焦りを覚えたようだった。
すぐさま棍棒を引き上げ、追撃の体勢に入る。だが、時すでに遅しであった。対となる、もう一本のミスリルの大剣が、トロールの腹部を戦車のような装甲の鎧ごと両断していたのであった。
トロールは凄まじい轟音と地響きを立てて、大地に沈んでいった。




