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短編

悪役令嬢に転生しましたが、断罪フラグは華麗に回避してみせますわ

作者: 流あきら

「ゲームオーバーはイヤぁああああ」


 私は自分でも驚くような声を上げていた。

 

「……サリン様、キャサリン様。クララです。どうなさいました?」


 ノックの音と共に私の名を呼ぶ声がする。


「何でもないわ、クララ」

「……わかりました。朝食の準備ができましたら、またお呼びします」


 おずおずと機嫌をうかがうような響き。

 私を恐れている声だ。


 私は豪華な鏡にもう一度向かう。

 黒髪に茶色の瞳の少女がこちらを見返していた。


 キャサリン・レノックス。

 レノックス公爵家の娘、現在十二歳。


 何の前触れもなく、朝起きて鏡を見た時私は気づいた。

 ここは乙女ゲーム『虹色の王国~君にときめくスイートハート』の世界だという事を。

 私が現代日本からこの世界の悪役令嬢キャサリン・レノックスに転生したのだという事を。

 そしてキャサリン・レノックスの辿る運命を思って、悲鳴を上げてしまったのだ。


『虹色の王国~君にときめくスイートハート』が私は大好きだった。

 

 そのキャラクターや世界観に魅了され、何度もクリアした。

 内容はよくある乙女ゲームだ。

 

 プレイヤーは主人公のオードリーとなり、王子や公爵の子息と交流を深める。

 期間は四月一日から三月三十日までの一年間。

 そして目当ての人と結ばれればクリア。


 その中でキャサリン・レノックスは、主人公の聖女オードリーを邪魔し、意地悪し、その結果断罪される悪役である。

 処分を下すのは、どのルートでも、このマーシア王国の第一王子であるアルフレッドである。


 キャサリン生存ルートというものがあったのかどうか、私は思い出そうとした。

 悪役人気というのは、どのゲームでも一定数あるもので、様々な人が様々な試みを行った。

 だがどうやっても運命を変える事はできなかった。

 結局主人公のオードリーが、虹魔法(イリスマギア)に目覚めて聖女となり、キャサリンは処刑されてしまったはずだ。


 このままゲームと同じルートをたどって、私に何かできるのだろうか?

 何しろ私は控えめに言ってもゲームが下手である。


 アクションゲームでは最初の面で死ぬ。

 RPGでは武器防具を装備という概念を知らず、最初の村を出てザコモンスターにやられる。

 レースゲームではコース通りに走れない。

 というより、コースがどこかよくわからない。


 その私が、唯一はまったのが『虹色の王国~君にときめくスイートハート』だ。

 といっても、攻略サイトを見ながらクリアし、後はひたすらクリア後の鑑賞モードを見ていただけだが。

 私はゲームの腕はないが、知識だけはあるというタイプだった。


(これからどうしよう……)


 私が断罪されるのは、王国歴258年の三月三十日。

 今は王国歴255年。

 まだ三年の時間がある。


 元々は頭が良くて、金も政治力もあるキャサリンですらどうにもならなかったのだ。

 破滅の運命を逃れるには、ゲームのキャサリンが全くとらない行動をすべきだろう


 そうだ。

 それしかない。

 というわけで、私は父と話をすることにした。


「お父様、お話があります」

「なんだね、キャサリン?」

「私は王立魔法学院へ入学したいのです」


 王立魔法学院。

 それはこの王国の、いやこの地域での最高の魔法学校の一つである。

 全寮制であり、当然ながら入学試験の難易度は高い。


「ふーむ。王立魔法学院ねぇ。なぜだねキャサリン?」


 父は難しい顔をする。

 魔法学院は身分や性別に関係なく入学できる。

 とはいえ王族や高位の貴族となれば、学校に行かずに、家庭教師をつけて勉強するケースも多いが。 


 ゲームのキャサリンは頭は悪くなく、魔力も高い。

 だがわがままで気まぐれな性格だ。

 元のゲームでは十四歳で社交界デビューし、その後はほとんど勉強もしていなかった。


「私、最近魔法に興味があるんですのよ。将来は魔法研究所に勤めるか、魔道具士になりたいと思ってまして」


 父はまた始まったという表情だった。

 キャサリンの気まぐれには慣れているのだろう。

 

「あそこは実力がすべてだから難しいよ。でもまぁお前が挑戦してみたいというなら」


 なんのかんので娘に甘い父であった。

 とはいえ魔法学院に入れば、それなりに箔もつく。


 それに急に魔法学院に入りたいなどと急に言い出しても、疑問に思われなかったのはありがたい。

 この点では、わがまま悪役令嬢キャサリンに感謝であった。


「では早速、魔法学院受験のための家庭教師を揃えよう」


 父のその言葉で、この件は終わった。

 私は部屋に戻り、これからやるべき事を考える。


 貴族同士のもめごとに巻き込まれてしまっては、結局破滅するだけだ。

 そもそも転生前の私は、受験勉強をして大学に入り、趣味と言えばマンガやゲーム。

 就職してからも大手の会社の研究所に勤めた。

 人付き合いも苦手だし、元々貴族の政治闘争なんて無理だった。


 ゲームの中では第一王子のアルフレッドも、主人公であり聖女となるオードリーも、魔法学院に入学なんてしない。

 彼らとかかわることがなければ、私が破滅することはない。

 よし、完璧な計画だ。


 とにかく明日から、心機一転頑張るぞ!

 そう決意して、私はベッドにもぐりこんだ。


翌日――


「お嬢様。旦那様からうかがいましたが、魔法学院に入学なさりたいというのは本当でございましょうか?」


 家庭教師のアンがおずおずとした口調で言う。

 彼女は今年、二十四歳になる男爵家の娘だ。

 

「ええ、もちろんよ。あなたにも協力をお願いしたいの」

「は、はぁ。お嬢様がそうおっしゃるなら」


 熱意のないアンの声だった。

 それも当然だろう。

 私は良い生徒と言えなかった。


 気まぐれで、時折やる気は見せるが、やりたくないときは全く勉強はしない。

 アンにもひどい事をした気がする。


「アン、私は今までの事をあなたに謝らなければいけないと思うの」


 私はなるべく穏やかに話しかける。

 彼女は相変わらず、こちらを探るような目をしていた。


「私は良い生徒と言えなかったわ。あなたにも随分ひどい事をしたわね。ごめんなさい」

「いえ、とんでもございません」

 

 アンはびっくりしたような表情で言う。

 彼女は混乱しているようだった。

 私の態度をどう判断していいか迷っているのだろう。

 そのアンに私はさらに言葉を続ける。


「このあいだね。『ある令嬢の試練』という本を読んで、考えが変わったの」


 『ある令嬢の試練』は、最近王都で流行っているロマンス小説だ。

 とある頭いいが貧しい男爵令嬢が、魔法学院に入学して優秀な成績をおさめ、最後は王子に見初められる。

 ありふれた恋愛物語だ。


「私、それを読んで反省したわ。私もこの主人公みたいに頑張らなくっちゃって」

「そうでございましたか」


 アンは多少納得したような様子だった。

 キャサリンは影響を受けやすい少女だ。

 今までも様々な、お芝居だの小説だのの影響で、あれをしたいこれをしたいと言っていた。

 今度もまたそれかと思ったろう。


 父やアンが私の意図をある意味誤解してくれるのはありがたい。

 何故急にそんな事を言い出すのか、ひょっとして魔族にでもとりつかれたのではないかと思われるのは、少々面倒である。


「わかりました。できるかぎりの事はさせていただきます」

 

 アリスはきっぱりと言った。

 私の気が変わらないうちは付き合おうという事なのかもしれない。

 そして一礼すると、アンは部屋を出て言った。


 今私は十二歳だ。

 魔法学院に入れるのは十五歳から。

 すなわち入学試験まであと三年だ。


 実は私は入試というのは比較的得意である。

 というより、それしか取柄が無い。


 転生する前はひたすら勉学にはげみ、難関の国立大学に入学し、とある企業の研究室に入った。

 挙句に過労で意識朦朧としていたところを、トラックにはねられて死亡。

 この『君にときめくスイートハート』の世界に転生した事を思い出す。

 

 『君にときめくスイートハート』のゲーム内時間は、王国歴258年四月から、259年三月まで。

 主人公はそれまでにお目当ての人と結ばれればクリアだ。


 キャサリンは、全てのルートで処刑される運命だ。

 悪役令嬢キャサリンは、十四歳で社交界デビューし、アルフレッドと出会う事になっている。

 今世は社交界デビューせず、ひたすら勉強して魔法学院に入るのだ。

 生き延びるために。


 そしてアンは、私のために三人の家庭教師を集めてくれた。

 

「これからは歴史はメアリー、古代語はシンディー、魔法はデボラがお教えいたします」

「皆さまよろしくお願いしますね」


 私はメアリー達に頭を下げる。


「こちらこそよろしくお願いします。私どもも、できる限り協力させて頂きます」

 

 四人の教師たちは声をそろえた。

 どうせすぐに飽きるだろうと思っていたのかもしれないけれど。


 そして私は勉強を続けた。

 次第に教師たちの私を見る目も変わってきた。


 父はあまり何も言わなかった。

 私が、「社交界デビューはせずに勉強に専念する」と言った時も、「そうか」と答えただけだった。

 

 そして三年の月日が経ち――


「やった!合格だわ」

「おお、良かったな、キャサリン」

「おめでとう、キャサリン」

「おめでとうございます、お嬢様」


 父も母も、家庭教師のアンも喜んでくれた。


「お父様、お母様。ありがとうございます。そしてあなた達もありがとう」


 私は四人の家庭教師にあらためてお礼を言った。

 三年前、魔法学院を目指すと言った時には、父母も家庭教師も本気にしてはいなかった。

 

 だがこれまでの私を見ていてくれたのか、この三年で私への態度も変わった。

 元のキャサリンの我儘で横柄だったふるまいも改めた――というより、根が小市民の私にはゲームのキャサリンのような横暴な行動は不可能だったけれど。

 

「しかしこれから会えなくなると寂しくなるなぁ」

 

 魔法学院は全寮制だった。

 父が少し力の無い声で言う。

 

 ゲームの悪役令嬢キャサリンが、我儘放題に育ったのは、父のせいも大いにあると思う。

 元来善良というより、どちらかと言うと気弱な所があった。

 今は落ち着いたものの、愛人たちに振り回され、のちには娘のキャサリンにも振り回されていたわけだ。

 

「夏休みには帰ってきますわ」


 そして重要な事がある。

 十六歳になった後の三月にキャサリンは断罪されているという事だ。


 ゲームでは四月から始まって、翌年の三月に終わる。

 この世界でも、そのような力が働いている可能性は高い。

 とりあえずは来年の三月まで何事も起こらなければ大丈夫だろう。

 もしかすると、この世界では虹魔法(イリスマギア)に目覚め、聖女になるのは私……なんて事もあるかもしれない。


 そして四月になり、入学式の日がやってきた。

 だが、ある人物を見た時、私は心臓が止まりそうになった。


(まさか……あれは……いやそんな)


 それはまぎれもなく、このマーシア王国の第一王子、アルフレッドだった。

 私を処断する張本人。

 なぜ彼がここに?


 私は大急ぎで記憶を探り出す。

 ゲーム内において、アルフレッドが魔法学院に通った事実は無いはずだ。

 ではなぜだろう?


 もしかすると、私が本来ゲーム中に無い行動をとったため、何らかの力が働いたのだろうか?

 ともかくも、アルフレッド王子と出会わないようにするという私の目論見は崩れた。


(落ち着いて。落ち着くのよキャサリン)


 私は大きく息を吸い込んだ。

 今世の王子と私はまだ顔を合わせていない。

 

 王子は私の顔も知らないはずだ。

 よし。

 何とか目立たないように、出会わないように……

 そんな私の思いは、すぐさま打ち破られた。


「キャサリン・レノックス嬢ですね。父上にはお世話になっています」


 アルフレッドはにこやかに私に挨拶をする。


「はい……あの……もしかして……」


 私とアルフレッド王子とは、直接会ったことはない。

 

「マーシア王国第一王子、アルフレッドです。キャサリン嬢のお顔は肖像画で拝見しております」

「はじめまして、殿下。キャサリンと申します。今後ともどうぞお見知りおきを」


 私はできる限り平静をよそおって、淑女の礼をする。

 有力な大貴族の一族は、何らかの手段で全て顔を知っているのかもしれない。

 だが私の視線は、思わず王子に引き付けられる。


 金髪に碧い瞳。

 長身だがまだ大人になり切れていない華奢な体つき。

 道行く人たちがちらちらと視線を向けたり、礼をして通り過ぎたりする。

 王子もそれに、愛想よく返答したり、礼を返したりする。


 確かに美少年と言えるだろう。

 だがその奥に、激しく時には残酷な気性が隠されている事を、私は知っていた。

 別に知りたくもなかったのだけれど。


「こちらこそ。これからよろしく」


 王子は魅惑的な笑顔を浮かべる。

 周囲の少女たちのざわめきが大きくなる。


「素敵……」

「お美しいわね」

「殿下と話してるのは誰?」


 それぞれの声が聞こえてくる。

 いや、みんな騙されるな。

 何しろこの男は私を処刑しろと言った人間だ!


 ……などという事は間違っても口にできない。


 入学式の最中も、私はろくろく学院長の挨拶など聞いてはいなかった。

 それどころではなかったからだ。


 本来魔法学院に入学していないはずの、第一王子アルフレッドがここにいる。

 とするならば、ゲーム内の他のキャラクターも入学しているかもしれない。

 ひょっとして、主人公である聖女オードリー・ネヴィルも……


 と思ったところ、金髪にスミレ色の瞳の少女を見かけた。

 間違いない。

 ゲーム主人公であるオードリーだ。

 

(落ち着いて、キャサリン。普通にしていればいいのよ。普通に)


 もはや今の世界はゲームのルートとは外れている。

 今後は全て自分で判断しなければならない。


 こちらから喧嘩を吹っ掛けるような事をしなければ、王子だって他の人間だって、私をどうこうできない……はずだ。

 私はそう気をとりなおす。

 要は王子とも、高位の貴族たちとも、関わりにならなければいいのだ。

 

 私は、実家から持ってきた貴族名鑑と、生徒の名簿を照らし合わせる作業を行った。

 貴族出身の生徒に近づかないようにするためだ。


 私は『虹色の王国~君にときめくスイートハート』の事を思い出していた。

 貴族たちは、皆表向きはにこやかだが、腹の底では何を考えているのかわからない。

 そのせいで、陥れられた面もあったと思う。

 まぁ全く無視するとか挨拶もしないとか、そういうわけにはいかないだろうが。


 こうして日々は過ぎていった。

 私はなるべく、王子や貴族たち、それにゲームにいたキャラたちには話しかけないようにしていた。

 もちろん挨拶くらいはするが。


 一方で、下級貴族や平民の子たちの何人かとは仲良くなった。

 この短期間でも、すでにいくつかのグループのようなものができている。

 私が王国の有力貴族である、レノックス公爵の令嬢であることは、当然皆は知っている。

 最初はみんな、警戒していた。


「この学校にいる限り、身分なんて関係ないわ。私は自分の友達は自分で決める。あなたは素晴らしい才能と素質がある。みなこの国を支える大事な人達よ」


 そういうと、皆感動したようだった。

 もちろん私の本心はこんなに立派なものではない。

 

 私の言葉も必ずしも嘘ではないが、本音はあまり大貴族たちと仲良くしたくなかっただけだ。

 この学校でもゲーム中で見覚えのある、王子や聖女オードリーの取り巻きたちもいた。   

 彼らとかかわるのは、なるべくなら遠慮したかった。


 そんなある日。

 いつものように校舎に向かうと、人だかりができていた。


「ちょっと、どういうつもり?」

「私は盗んでなんかいません。神に誓って」


 オードリーと生徒の一人が揉めている。

 相手の生徒には見覚えがあった。

 ゲーム中で、アルフレッド王子にすり寄っていた貴族令嬢の一人だ。

 その赤毛の令嬢の羽ペンを、オードリーが盗んだとか盗んでいないとか、そういうトラブルらしい。


(オードリーには気の毒だけど、別に命まで取られるわけもないし……)


 私もどうしていいかわからないし、赤毛女が無くした羽ペンの行方がわかるわけもない。

 ややこしい事に首を突っ込んで、もめ事を起こしたくない。

 

 今世は平穏無事が私のモットーである。

 ここは知らん顔で立ち去るべきだろう。

 そう思って、一緒にいた友人のネフェルとルーシーの方を向く。


「何か大変みたいね。じゃあ……」


 そこまで言った時に二人の表情に、ふと気付く。


(え?)


 彼らは私を見てから、ちらりとオードリーに視線を送る。

 どうやら私が、彼女たちのいざこざを止めると思っているらしい。


(いや、私は別に……関わりたくないんだけどなぁ)


 当然私がオードリーを見捨てて立ち去るなんてしないだろう、そう信じ込んでいる目をしていた。

 いつの間にやら彼女たちから過大な評価を受けてしまったらしい。


 ここで、オードリーと貴族のいざこざを無視してやりすごせば、彼女たちを失望させてしまうかもしれない。

 それも困る。

 それにこういった小さな感情のほころびから、色々まずい事になっていた気がする。

 ゲームの中では。


(仕方ないか)


 仮にも主人公キャラなので、オードリーを放っておいても問題ないとは思う。

 ここで彼女を助ける事で、何らかの不都合な事態が発生する可能性もある。


(まぁ大丈夫じゃない?どうせ元のゲームの進行とは関係ない、ぐちゃぐちゃな展開なんだし)


 私はそう考えることにした。

 前世でこんな感じで色々なゲームをやっていて、どうにもならない展開になったことは、この際頭から追い払うことにした。


「ねぇ、あななたち。どうなさったの?」


 私はなるべく穏やかに話しかける。

 二人はこちらを見た。

 

 いささか気圧されているようにも感じる。

 こういう時は、私の冷たい美貌も悪くないと思える。

 それに、曲がりなりにも私は名門公爵家の令嬢だった。


「……別にあなたには関係ないでしょ?」

 

 赤毛の少女は、型どおりの場面で型どおりの事を言う。


「だから私はやっていません」

 

 オードリーは小さい声ながらもきっぱりと言う。

 赤毛の少女の取り巻き達が、こそこそと話し合っている。


 私は少し迷う。

 何か策があったわけでも、名案があったわけでもない。

 思わず勢いでしゃしゃり出てしまっただけだった。


「だからさ。あなたしかいないわけ」


 赤毛の少女は厳しい表情を崩さない。

 最初はちょっとしたトラブルにかこつけて、オードリーを困らせてやろうという軽い気持ちだったのかもしれない。

 だが事が大きくなって、引っ込みがつかなくなっているのだろうか。


 どうしたものか。

 私がトラブルの元となっている、赤毛女の羽ペンを見つければいいのだろうが、そう都合よく事が運ぶとも思えない。

 何ならペンを無くしたのは、赤毛女のでっち上げの可能性だってある。


 私が迷っていたその時――


 ふいに私の中に、とある記憶が蘇ってきた。


(これは、あのイベントじゃない?)


 それは『虹色の王国~君にときめくスイートハート』の記憶だ。

 そして羽ペンを失くすイベントは、確か悪役令嬢キャサリン、すなわち私のイベントだったはずだ。


 これに関しては悪役令嬢のキャサリンの誤解だった。

 ペンは彼女の自室の戸棚の隅に転がって隠れてしまっていた。

 それをオードリーのせいにして責め立てたのは、確かにキャサリンが悪いが……


「私にも覚えがある。意外な所にあるものよ。一緒に探しましょう」


 私はそうきっぱり宣言した。

 私にも完全な確信があったわけではない。

 ただ赤毛女は、私の雰囲気に気おされたように、渋々と従った。


 幸運なことに、ペンは赤毛女の寮の自室の戸棚の隅にあった。

 赤毛女は顔を真っ赤にしながら、そっぽを向きつつ、一応はオードリーに謝罪する。


「見つかってよかったです」


 オードリーは、にっこりと笑う。

 その笑顔に、様子をうかがっていた生徒たちが魅了されるのを感じた。

 

 妙なきっかけだが、これを機会に私はオードリーとも話すようになった。

 ゲームと同じく彼女は貧しい伯爵家の生まれで、美人で気立てがよくて、性格もいい。

 さすがは主人公といったところだった。


(いいのかな?これで……)


 オードリーと仲良くすることでどうなるのか。

 ゲームではありえなかった。

 私にもわからない。


 だが日々は驚くほど平穏に過ぎていった。

 そしてある日、とうとうアルフレッド王子が話しかけてくる。


「この頃妙な取り巻きを連れているようですね、キャサリン嬢」

「妙なとは、失礼なおっしゃりようですわね。皆さん私の大切なお友達ですわ」


 私は少しむっとして言った。


「お気に触ったなら謝ります。ですが名門公爵令嬢たる方が、親しくする価値のある生徒たちとも思えませんね」

「私が誰と親しくするかは、私が決めます。皆さん才能にあふれて、素晴らしい方ばかりですわ」


 思わずそう言葉を返したが、さすがに言葉が強すぎたかと、冷やりとした。


「なるほど。確かに僕が不見識だったかもしれません。ただ聞いていた、あなたの噂とあまりにも違うものでね」


 アルフレッドはやや譲歩した言い方をする。


「噂とはどのような?」

「いや、レノックス公爵家の令嬢は、とんでもなく……その……」

「傲慢でじゃじゃ馬の、跳ねっかえり。そうでしょう?」

「これはかないませんね。重ね重ね失礼な申しよう、あらためてお詫びします。では」


 そう言って、アルフレッドは去って行った。

 彼も一筋縄ではいかない人間である事は、わかっている。

 私を怒らせて、本音を引き出そうとしたのかもしれない。


 しかし私がとんでもない、我儘で横暴な娘であるという噂は、すでに幼少の頃から貴族社会に出回っていたのだろう。

 大貴族の使用人や家庭教師たちといっても、貴族がほとんどだから当然かもしれない。

 

 それから私はたまにアルフレッドと顔をあわせると、挨拶するようになる。

 といって、特に彼と親しくなったとも感じないが。


 学生生活というのも、地味なものだ。

 私は一生懸命、一般教養や、魔法や魔導具作りの勉強をした。

 もちろんそれだけでなく、夏休みはルーシーやネフェル、オードリーたちと、レノックス家の別荘のある避暑地に遊びにも行った。


「僕はあなたを誤解していたのかもしれませんね」


 ある日魔導具実習で、アルフレッドが話しかけてきた。


「誤解とは?」

「あなたがこんなに努力家で謙虚で、誰にでも分け隔てなく接する公正な人だとはおもわなかった」

「とんでもない。私はただの地味で陰気で気が利かない女ですわ」

「いやいや。このあいだの、あなたがアドバイスした冷却魔導具。あれは見事商品化されるそうじゃないですか。素晴らしい」

「まぁ、ありがとうございます」


 アルフレッドに褒められて嬉しさはあるが、多少なりとも後ろめたかった。

 これはゲームの知識だったからだ。

 

 だがアルフレッドと接することにより、彼の持っている率直さや勇気や公正さにも気づくことができた。

 まだ心の奥の恐怖は消えたわけではなかったが、私は次第に彼に惹かれていく気持ちを抑えられなかった。


 それはそれとして、私は魔導具というものに可能性を見出していた。

 この世界の文明の発展は、前世とは違う。

 だが魔導具を使う事により、同じような事ができるのではないかと考えていた。


 そして秋の実習で、ゲームの通りにオードリーが虹魔法(イリスマギア)を習得する。

 まもなく王家から、聖女の称号が与えられるだろう。


「おめでとう、オードリー」

「ありがとう、キャサリン」


 多少残念な気持ちもある。

 私自身が虹魔法(イリスマギア)に目覚め、聖女になる道は、おそらく途絶えた。


 これからオードリーはアルフレッド王子と親しくなっていくのだろうか。

 だとすると私はどうなるのだろう?

 そう思ったが、どうもそういう様子もない。


 私はオードリーに聞いてみた。


「ねぇ、アルフレッド王子のことをどう思う?」

「え?どうって……あまりお話ししたこともありませんし。もちろん、王家の方には尊敬と忠誠を捧げてますわ」

「そうじゃなくて。男の人として」

「そんなの考えた事もないです。むしろキャサリンとお似合いだと思うわ」


 オードリーの言う通りかもしれない。

 たまにアルフレッドとオードリーが話しているのを見るが、ゲームのように特別な間柄とも感じない。


 考えてみれば当然である。

 主人公のオードリーは、名ばかりの貧乏伯爵の娘である。

 むしろ順当にいけば、王国有数の大貴族である、レノックス公爵家の私の方が彼と釣り合うだろう。


 なぜ『虹色の王国~君にときめくスイートハート』でオードリーとアルフレッドが結ばれることになったのか。

 そういうゲームだからといえばそれまでだが、やはり元のキャサリンが、やらかしまくったせいだろう。

 

 誹謗中傷、暴行、脅迫……ゲームにおけるキャサリンの罪を考えると、今更ながら気が重くなる。

 迷い、あがき、恐れ、憎み、そして何もかも打ち壊したのだ、彼女は。


(大変だったわね、あなたも……)


 私は鏡の中の自分に話しかける。

 キャサリンがああなったのは、理由がある。

 大貴族の例にもれず、父には愛人が何人もいた。

 母親も若い俳優や楽団員を常にはべらせていた。


 幼少の頃から両親に相手にされず、家では諍いがたえなかった。

 それが幼いキャサリンの心を壊してしまったのだろう。

 彼女は様々な奇行や残酷な行動にはしるようになった。

 

 さすがにこれではまずいと思ったのか、両親の親たち、すなわち私の祖父母がのりだし、事態の解決をはかる。

 両親も多少は改心したのか、以前よりもキャサリンの事を気に掛けるようになり、今にいたるというわけだ。


 それはゲームの中の出来事というだけでなく、今の私自身の過去でもある。

 そのことを思い出すと、胸の中に悲しみや怒りが沸き起こる。


 ゲームの中においては、結局は彼女は破滅してしまった。

 しかし今はキャサリン自身の人格は、私に統合されている。


 彼女は喜んでくれているのだろうか?

 私の精神と一体になっているので、もはやわからない。


(あなたは今幸せ?これでよかったのかな?)


 私はそっと自分の左胸に手を当てる。

 胸の中の痛みは、以前よりも和らいでいる気がした。



 そして一年が平穏に過ぎた。

 トラブルも刃傷沙汰も断罪劇もない。

 平凡で平和な……だがおそらくは、キャサリン自身が望んでいたであろう日々だ。


 三月三十一日の午後三時。

 それで『虹色の王国~君にときめくスイートハート』は終わる。


 私はその日、実家にいた。

 今日は訪問者があると聞いていた。


「キャサリン様、第一王子のアルフレッド殿下がいらしておいででございます」


 ノックの音がして侍女のクララの呼ぶ声がする。


「わかったわ。すぐ行くわ」


 クララに手伝ってもらって、軽く身支度を整える。

 階下の客間に降りていくと、すでに王子と父がいた。


「あら、アルフレッド、ごきげんよう」

「忙しいところをすまないね、キャサリン」


 彼らしくもなく、緊張しているようだった。

 だが彼は一息吸うと、言葉を発する。


「今日来たのは他でもない、レノックス公。ご息女を僕の妃に迎えたい。そのために婚約の許可を頂きたいのだ」

「おお。それは大変光栄なお申し出、痛み入ります。ですが本当に、この娘でよろしいのでしょうか?」

「キャサリンでなければ駄目なのです。彼女の努力と見識、公正さ。僕の妃となり将来この国をともに支え発展させていけるのは、彼女しかいません。僕は心からキャサリンを愛しています」


 実のところ彼の申し出は、あらかじめわかっていた。

 彼から直接聞いていたし、私も内々に承諾していた。

 おそらくは王家からも父へ内密に連絡はあったろう。

 これは単なる形式だった。


「重ね重ねもったいないお言葉……お前はどうだ、キャサリン?もちろん否やはないだろう?」

「ええもちろんですわ、お父様。私でよければ、つつしんでお受けいたします、アルフレッド……いえアルフレッド殿下」

「いや、ありがたい」


 ようやく彼の顔にも笑顔が見えた。


 アルフレッドに対しては、正直燃えるような執着や恋情はない。

 ゲームでのキャサリンの心の中にあったような。

 ただ穏やかな敬意と愛情があった。


 だがキャサリンがあれほど望んでいた王子との婚約が、あっさりと手に入った。

 相手にすがり、邪魔をし、脅し、懇願していた、ゲームのキャサリンでは、決して手に入れることができなかったものが。


 これは偶然であり幸運なのだろうか?


 だが少なくともあの時決断し、行動しなければ得られなかったものだ。 

 これは私が自分の意志で選び、努力し、獲得した未来であり人生だった。

 

 その結果、どうやら私は破滅の運命を免れることができたらしい。

 結局聖女にもなれなかったし、虹魔法(イリスマギア)も手に入れられなかった。

 だが人生を変えるための魔法は、いつだって自分の中にあるのだろう。


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