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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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第九十二話 不甲斐なき者たち

信じられない光景だった。


突風が矢を防ぎ、雷雨が兵の進撃を阻んだ。

まるで天が日御子を守っているかのような。

いや、日御子の方が自然そのものを従えている。


俺を含め、誰の目にもそう映ったはずだ。


川の向こうから、武器を投げ捨てた兵たちが次々と駆けてくる。

赦しと救いを求め、日御子に跪いていく。


本当に卑弥呼は、理を超越した“神の力”を持っているのか?


「違う。これは……」

「日御子ちゃんは予測していたんだね。今日この時の空を」

「ナビも、そう思うか」


振り返れば、これまでの日御子の行動に全て合点がいった。

都萬彦の味方を逃がしたタイミングも、戦場での無意味な時間稼ぎも。


日御子は“調節”していたのだ。

望む瞬間に、空が荒れるように。


「そして、日御子ちゃんがそんなことが出来たのは、たぶん宮崇のおかげ」

「太平清領書にある、気象術だな」


宮崇の師である于吉は、道教の経典“太平清領書”をいちじるした人物だ。

日御子は宮崇を通して、その教えを学び取っている。


「日御子ちゃんは飽くまでも気象学的な観測に基づいて、今日の天候を割り出したんだよ。

そして、彼女の共感覚が、天候の兆しを読む精度を更に底上げしたんだ」


しかも、あたかも自分の意思で天を動かしたと錯覚させるため、彼女は徹底して“演出”を行った。


大した役者だよ。

日御子は。


共感覚による異常な洞察力。

太平清領書から得た医療術。

それらを組み合わせた精密な気象予測。


これこそが、女王卑弥呼の“鬼道”の正体。


殆どの兵たちがこちらに渡り切ろうとしている。

動こうとしないのは都萬彦1人だけだ。

現実を受け止めきれずにいるのか、自身の敗北を悟って諦めたのか。


いずれにしても好機だ。

俺は密かに日御子の傍に寄って、耳打ちした。


「女王、都萬彦を捕らえます。率いてきた兵を引き込んだとはいえ、それは全体の一部です。ここで逃がしたら、また軍を引き連れて攻めてくるでしょう」


日御子は少し目を伏せた。

俺はそれを許可と受け取った。


「タケル。都萬彦が逃げる前に捕らえる。2人で追うぞ」

「わ、わかった」


タケルと共に、走ってくる兵に紛れ、川を渡り始めた。


半ばほどを渡り切ったところで、都萬彦が俺たちの姿に気づいたようだ。

はっとしたような顔をして、踵を返して走り出した。


「やっぱり逃げるか」


川に足を取られ、思うように進めない。

都萬彦の姿が遠ざかっていく。


だが、ここは開けた平野だ。

身を隠す場所はない。

姿さえ見失わなければ、いずれ追いつける。


対岸に上がった。

息を調える間もなく、また足を踏み出す。

随分離されたが、タケルも猛烈な勢いで走っていく。


俺を置いて、都萬彦との距離を縮めていく。


「あいつ……足、速っ……」


俺も戦場が長いので、常人よりは体力があるが、タケルには敵わなかった。

あいつを連れてきて正解だった。


タケルが都萬彦を追い越し、前に立った。

都萬彦が剣を構える。


タケルは手を広げて逃げ道を塞ぐだけで、捕らえようとしない。

顔は強張り、手が僅かに震えている。


敵になったとはいえ、元主君に刃を向けるような真似は、あいつには出来ないようだ。


けど、それならそれでいい。

都萬彦を止めただけで十分だ。


タケルが動けないのだと見抜き、都萬彦が剣を振り上げる。

斬り伏せて進む気か。

タケルが目を見開く。


「都萬彦」


タケルから注意を逸らすため、背後から叫んだ。

奴がこちらを振り向く。


息は上がっているが、構っていられない。

ここで捕まえる。

終わらせる。


都萬彦が俺に向かって剣を走らせる。

鋭い太刀筋。

それなりに鍛錬を積んでいるのがわかる。

刃。右から迫ってきた。

剣で受け止める。

重い衝撃。

だけど、耐えられる。

左足で脇腹を膝打ちする。

背後に飛んで避けられる。

でも意表はついた。


剣を振れる間合いが空き、今度は俺から攻める。

袈裟斬り。

止められるが、態勢が整っていない。

剣を返して逆薙ぎ。

都萬彦の剣が弾け、懐が大きく空く。

柄で鳩尾を突く。

たまらず、都萬彦が悶絶して屈み込んだ。


藻掻きながらも足を動かそうとするが、無様に地を這うばかりだ。


俺は都萬彦の手を取って抑えつけた。


「離せ……、裏切り者が」

「裏切ったのはお前だ。御子様の想いを、諸国の信頼をな……」


振りほどこうとする都萬彦を、俺はそれ以上の力で止める。


「お前、分かっているのか。俺を退位させて日御子を王にすれば、あいつがどうなるのか」


胸が抉られた。

俺は唇を噛む。

タケルも顔を歪めている。


わかっている。

日御子が王になる意味なんて。

彼女に求められている王としての在り方は、これまでとは全く別物だ。


王と御子の性質を併せ持つ、巫女王みこのおう

神と通じ、その神性さを保つために、外界とは隔絶される。

狭い神殿で、一生を国のため、民のための祈りに捧げる。


諸国を繋ぐための象徴と言えば聞こえはいい。

たがそれは、殺し合いでしか国を纏められない、愚かな男どもの尻拭いだ。

俺を含め、自分たちが果たすべき責任を、日御子の全ての人生に背負い込ませようとしている。


「非道い奴らだ。貴様らは。可哀想に我が妹よ。この先死ぬまで御子のように、全ての自由を奪われたまま閉じ込められるのだ。日御子が憐れだとは思わんのか」

「お前の言う通りだよ。でもな、お前にそれを言う資格は無いんだよ」


怒りに震え、都萬彦の腕を捻り上げた。

骨の軋む音がする。

都萬彦が大きく唸り声を上げた。


「持衰、もう一度よく考えろ。俺が、俺だけが日御子を救ってやれるんだぞ。俺に神など必要ない。俺自身の力で、諸国を統一してみせる。それまでに流れる血がなんだ。犠牲の先に訪れる平和の方が、遥かに価値があるとは思わんのか」

「お前はその流される血に対して、何の感慨も、哀しみも、責任も感じていないだろ。正しい事のように言うな。お前のやったことは、意味のない虐殺だ」


こいつが、少しでも優しさを持ち合わせていたら。

そうすれば、日御子はまだ王にならなくて済んだ。

タケルと、母さんと、宮崇と、日御子はもっと一緒にいられたんだ。

それをこいつが……。


徐々に手に込める力が増していく。

このままでは都萬彦の腕は折れてしまうだろう。

だけど、俺は力を緩めなかった。

都萬彦の唸りが叫びに変わる。

脂汗が噴き出している。


「持衰、あれを……」


突然タケルが声を出した。

指さす方向には、輿に担がれ、こちらに近づいてくる日御子の姿があった。


俺は思わず力を緩めた。

都萬彦の荒い呼吸音だけが、意識の遠いところで聞こえていた。

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