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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石辰彦
第ニ章

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第九十話 日御子の采配

微かな疑惑はあった。

だが、可能性は限りなく低いと見積もっていた。


王都にて、日御子が王位に就くと宣誓した。

王都に残った兵をかき集めて、軍を編成したと、脱出してきた者たちから伝えられた。


手引きしたのは持衰だった。

奴がとうとう動いた。

やはりという考えと、まさかという思いが混在している。


先の戦で、持衰ははっきりと都萬彦のやり方を否定した。

自分に叛意を抱きかけてさえいる。

都萬彦は敏感に、持衰の心を読み取っていた。


それでも、都萬彦は持衰を生かし、捕らえることもしなかった。


下手に殺せば、内部からの不信を買う。

持衰は日御子ほどではないにしても、民の支持が厚い。

諸国を敵に回すことは初めから覚悟していたが、その分、内側は固めねばならない。


都萬彦は諸王や有力者たちには頑なな政策を行ってきたが、

一度取り込んだ兵や民に対しては、実に寛容であった。

強引な徴発を避け、戦で功を挙げた者には十分すぎるほどの褒美を与えてきた。


王としての温情ではない。

来たる他国との戦に備えての基盤固め。

全ては都萬彦の計算でしかなかった。

だからこそ、持衰の命一つ如きで、余計な内部の反発を生みたくなかったのだ。


そもそも叛乱を起こすということは、邪馬壹国の人間同士で殺し合わせるということだ。

あの持衰と日御子が、そんな決断が下すことは、まずあり得ないと考えていた。



そして、彼を生かしたもう一つの理由。


「礼を言うぞ。持衰」


都萬彦はほくそ笑んだ。


「まさか本当に、叛乱を“起こしてくれる”とは思っていなかった。

これで……。ようやく日御子を屠ることができる」


王と御子の血を継ぎ、幼い頃よりその適性を示してきた日御子。

対して、都萬彦の母は、若き王が酒席の気まぐれで情けをかけただけの、どこにでもいる女でしかなかった。


血筋で負け、民の心も異母妹に奪われ続けた。


邪馬壹国、ひいては倭国に蔓延る“見えぬ力”への信仰。

後の世でアニミズムと呼ばれるその思想に、都萬彦は常に嫌悪感を抱いてきた。


都萬彦にとって、その権化となる存在が日御子なのだ。


自身にとっての最大の障壁。

壊すことも、その存在を消すこともできなかった。

どれだけ願おうとも。

王になってさえも。


だが、それがようやく叶う。


日御子の方から軍を起こし、王都を占拠したのだ。

これは明確な叛乱に他ならない。


日御子を討つ、大義を得たのだ。


しかも、戦いは既に決している。

あちらの戦力はたったの二百だという。

吹けば飛ぶような軍勢。

当たり前だ。この展開を予測し、王都には都萬彦の子飼いの兵と臣下しか残していなかったのだから。


むしろ、よく集まった方だ。

天照隊以外の兵が百五十名も日御子に与したということなのだから。


「だが、ここまでだ。これから本当の意味で、この国が俺の物になる」


都萬彦は再び、持衰に感謝した。

あの男は最後まで、自分の理想通りの働きをしてくれた。


「亡骸は日御子と並べてやろう。そして民の前で、兄として泣き崩れてやる。

貴様らのためにな」


その場を想像するだけで昂揚してくる。

妹と、信頼していた側近に裏切られ、断腸の思いでそれを斬った兄。

その悲しみを胸に、遂に都萬彦は史上初めて筑紫島つくしのしまを統一した王となる。


いかにも愚かな民どもが好きそうな物語ではないか。


「安心して死ねよ。日御子、持衰」


王都はもう、すぐそこだった。




――奴国に対していた都萬彦は、北から軍を進めてくる。

俺は王都から軍を北上させ、川の南岸に陣取った。


川を渡らずに兵を布陣させたのは、日御子の指示によるものだった。


「何で日御子は、川を渡らせなかったんだ?」


天照軍の陣も敷き終わったあと、タケルがやってきた。

俺は陣の前に立ち、都萬彦がいずれやってくるであろう、対岸の先を見つめていた。


「さあな。単純に考えれば、川を盾にしたっていうのが、一番自然だな」


こちらは寡兵だ。まともなぶつかり合いになれば不利になる。

川を挟んで対峙すれば、いきなり数に任せて攻め込まれるという状況は防げる。


「でも、それは時間稼ぎにしかならない。都萬彦は今のところ1000人ほどの規模で進軍中だけど、増援はまだ来るだろう。王都が包囲されれば、もう勝ち目はない」


川を盾にするのは悪くないが、戦術的な視点に限ればだ。

大局的に見れば、あまり良い判断とは言い難い。

俺たちの唯一の勝ち筋は、天照軍の武力に頼った短期決着だ。

俺は日御子にその考えを伝えたが、彼女は頑としてそれを拒んだ。


飽くまでも川を挟んで向き合い、時間を稼げというのが、女王としての日御子の命令だった。


「持衰、いつもみたいに船で奇襲するのはどうだ?」

「“いつも”ってのが問題だな。相手は身内だ。当然その戦法も織り込み済みだと思う」


そもそも、奇襲に回せるほどの人的余裕はないし、もし無理に実行するにしても、使える川は目の前に流れるこの1本だけだ。

残念ながら、今回の戦場でこの作戦は使えない。


やはり、捕らえた都萬彦側の人間を解放するべきではなかったかもしれない。

奴に知られるのを遅らせれば遅らせただけ、こちらは準備を進めることができたのだ。

いっそのこと、こちらから攻め入って都萬彦の背後を打つことだってできたはずだ。


女王の意向だとしても、もっと強く諌めるべきだった。

……もっとも、今の超然とした日御子を止められた自信など、一切ありはしないが。


「こうなった以上は、諸国が援軍を回してくれることを期待するしかないな」

「わかった。それまでは耐えて見せる」


タケルは同意を示したが、この言葉がただの気休めでしかないことは、こいつにも分かっているだろう。

他国は都萬彦によって兵力を搾れるだけ搾られている。

しかも、前回の投馬国との戦で、多くの兵が都萬彦の命令で無駄死にした。


援軍を寄越せたとしても、これから姿を見せる都萬彦の援軍の方が、桁違いに多いのは目に見えている。


穂北彦もいない以上、後は俺たちだけで何とかするしかない。

そう思い定めた時だ。


川岸の遥か向こうに、遂に都萬彦の軍の姿を認めた。

空は晴れ渡っている。向こうの敵の姿がはっきりと見える。


タケルはすぐに天照軍の元へ駆け戻った。


「海岸沿いにまで近づけ。盾隊、前へ。弓隊はその後ろにつけ」


俺の号令に従い、盾を構えた兵が足音を揃えて駆け込んでくる。

視界の大半が、味方兵の背と盾で埋まった。


「弓兵、合図があるまで打つなよ。無駄に矢を使うな」


対岸では、都萬彦の軍がわずかに矢の届かない距離で止まり、落ち着き払って陣を組み始めた。


事を急いて、数を頼りに渡河を試みてくれれば楽だったが……。

そう思い通りにいく相手ではないか。


やがて、向こうの陣形が整う。

前列を大盾で固め、兵を押し出すようにじりじりと前へ進めてくる。


お互いの矢が届く距離に入ったところで、

申し訳程度の矢の応酬が始まった。

どちらにも本気で数を減らす気は無い。

互いに牽制の矢を放つだけの、膠着した時間が流れた。


「今回は死に兵は無しか」


自分で言って気分が悪くなった。

先の投馬国との戦で見せた消耗戦。

他国の兵を盾代わりにして進ませ、弱った敵を本隊で討つ。


味方の犠牲をリスクと取らなければ、効果的な作戦。

戦争は綺麗事じゃない。

多くを救うために、少数を切り捨てなければならない時はある。


けど、都萬彦のやり方は全くの別物だった。

将来自分に刃を向けるであろう人間を減らすため、敢えて仲間を死地に追いやった。

戦の帰趨とは関係なくだ。


今回、その気配はない。

つまり今連れているのは、純粋な邪馬壹国側の兵たちということになる。


いよいよもって長期戦となりそうだ。


「持衰、ちょっと場所を譲ってくれ」


突然タケルが現れた。

その手には、通常よりもふた周りは大きな弓が握られている。


「お前、自分の軍を放っといて何してるんだ」

「暇だからいいだろ。それに、ここからが一番狙いやすいんだ」

「狙いやすいって……」


俺が言い終わらないうちにタケルは弓を構えた。

みしみしと軋んだ音をたてながら、矢がしなっていく。

タケルの逞しい腕が盛り上がる。

かなりの強弓だとわかる。


タケルが矢から手を離す。

鋭い風切り音が鳴ったと思うと、対岸の兵が肩を押さえてうずくまった。


「急所は外した。ギリギリの場面まで同胞を殺すなってのが、日御子のめいだからな」


何でもないことのように言っているが、どえらいことだぞこいつ。


古代の弓であれだけの威力を出せるのもそうだが、何より驚いたのは、その正確さだ。


対岸の敵まで、ざっと100メートルはある。

それを、盾の隙間を縫って正確に肩口を射抜くとは。


現代人離れした技術と目の良さ。

それを加味しても、タケルは明らかに特別だった。


タケルの一矢により、対岸の敵は一斉に下がった。

お互い、完全に弓が届かない距離へと後退し、ただ睨み合うだけの状態になった。


時間だけが過ぎていく。

向こうはそれでもいいだろうが、こちらはそうもいかない。


川を挟んだ膠着。

兵の疲労。

都萬彦の援軍が迫っているという焦燥。


何か、現状を打破できる手を打たなければ。


胸の奥に、じわじわと焦りが積もっていく。


「皆、よくやりました……」


背後から小さな声が響いた。

振り向くと、後方で輿に担がれていたはずの日御子が、いつの間にか歩いてこちらへ来ていた。


「ヒミ……、女王。なぜこんなところまで」


俺もタケルも、そして周囲の兵たちも動揺を隠せなかった。


「あとは、わたしに任せて下さい……。あなた達は、ここで見ていて」

「女王、何を……」


日御子は俺の言葉を聞いていないかのように、

静かな足取りでさらに前へ進む。

兵たちは自然と左右に分かれ、道を開けた。


「危険です、女王。それ以上は矢の射程圏内です」


タケルが慌てて前へ回り込み、日御子を止めようとする。


「どきなさい、タケル」

「いけません。せめて……俺も一緒に。俺が、盾になります」

「必要ないと言っています……。わたしはただ、兄上と話してくるだけ」


揺るぎない意志を宿した瞳で日御子がタケルを見つめる。

その眼差しに気圧されたのか、

タケルは苦悶に顔を歪めながらも半歩下がった。


「けど、都萬彦様はもう……」

「大丈夫……。お願い、タケル。行かせてほしい」


その静かな願いに、タケルはついに道を譲った。

悔しそうに唇を噛みながら。


日御子は一歩だけ進むと、こちらを振り返った。


「女王日御子が命じます。この後なにが起こっても、勝手に動いてはなりません。……いいですね?」


静かだが澄んだ声で、しかし戦場の空気を震わせるほどの強さで告げた。


「承知いたしました。女王」


俺は膝をつき、拝礼した。

タケルも兵たちも、それに続く。


正直、不安しかない。

だが、俺の頭ではもう解決策など浮かびようがない。


それに、あの日御子がここまで言い切るのだ。

考えなしであるはずがない。

今は、自分たちの王に託してみるしかなかった。


それでも、何かあればすぐに動けるよう構える。

タケルも同じ思いだろう。

たとえ女王の命に背くことになっても、おれは彼女の命を優先する。


冬だというのに汗ばむ背中を感じながら、

俺は静かに、日御子の背中を見送った。

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