表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第ニ章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/155

第八十四話 古代海軍

「于吉様は、今頃どうしているんだろうな」


食事を取りながら、タケルがふと呟いた。

この面子で囲んでいるんだ。漢の話題は必ず出るだろう。


「于吉先生は変わらんさ。孫伯符殿と共に、多くの命を救っておられるはずだ」


宮崇の表情は変わらない。

けど、于吉との別れの時に流した、彼の涙が忘れられない。

誰よりも于吉のことを信じているのと同時に、誰よりも于吉の身を案じているに違いない。


「伯符殿のことも気になるよな。漢を飛び出してから、今何年だ」


タケルが指を数える。

倭国には暦がないから、時々正確な月日の流れがわからなくなる時がある。


「6年だな」


俺にはナビという天然カレンダーがいるので、正確な時間経過を常に把握していられる。


「もう、そんなになるのか。伯符殿や公瑾殿、どうしてるんだろうな」


タケルが虚空を見つめる。


「伯符殿たちだったら、破虜将軍の悲願、漢王朝復興をもう成し遂げてるかもな。今頃、三公の位に就いてたりして」


タケルの言う三公とは、後漢における3つの官職、司空・大尉・司徒のことだ。

いずれも臣下に与えられる最高の位となっている。


けど、残念ながらそれはない。


「今から12年後の西暦220年。曹丕が後漢から禅譲を受け、魏王朝が成立。それと同時に後漢は滅びることになる」


ナビが俺の横で呟く。

そう。漢王朝復興どころか、遠くない未来、漢そのものが無くなってしまい、時代は三国時代へと移っていく。

その時に孫策は……。


「おそらく、今頃孫策は袁術から独立して、江東制覇に乗り出しているところだね。小覇王と呼ばれ始めるのはこの時……」


ナビが史実に照らし合わせ、現在の孫策の動向を教えてくれた。

そこで言葉を止める。


俺はナビを見つめる。

彼女が敢えて止めた言葉の先を聞くために。


「……けど、目覚ましい活躍を見せた孫策は、今から2年後の西暦200年に、その命を落とす。刺客によって負わされた傷が原因だと言われてるけど、確かな理由はわからない。伝承の一つには、孫策が殺した于吉の呪いだなんて話もある……」


そう。俺はその未来を変えるために、于吉に近づいた。

そして最終的には、于吉の弟子たちが集まって出来上がった医療部隊が、孫策軍の中に誕生した。

于吉と孫策が手を取り合う未来。

それは、どの歴史書にも書いていない、俺が作り出した未来。


でも、この世で俺だけが知っている“歴史の強制力”という概念。

小さな過程は変えられる。だが、通る道が違うだけで、辿り着く場所は必ず同じになる。


于吉という存在が、果たして孫策の運命を変えられるのか……。


「どうしたんだよ持衰。急に黙りこくって」


俺の変化を察して、タケルが声をかけてくる。


「伯符殿が心配なのはわかる。けどさ、あの人なら大丈夫さ。絶対に」


タケルは俺を安心させるように笑いかける。

単細胞のくせに、仲間の気持ちにいつでも寄り添ってくれる。

タケルは本当に変わらない。

単細胞だけど。


「ん?持衰。何かいま馬鹿にした?」

「してないよ」


軽く笑って、俺は目の前に並ぶ膳を食し始めた。



孫策のことを忘れたわけではない。

けれど、良くも悪くも日々の忙しさの中で、

彼のことは頭の片隅へ追いやらざるを得なかった。


そして、年が明け、春先。


俺は糸島の港湾に、邪馬壹国の大型船1隻、中型船1隻、さらに30隻に及ぶ構造船をかき集め、急ごしらえの海軍部隊を編成していた。


港は混乱していた。

船に材木を積み込む者、帆の縫い目を確認する者、矢束を運ぶ者、そして行き交う怒号と潮の臭いが充満している。


歩兵部隊はすでに出撃済みだ。

関門海峡を挟み、本州が目視できる地点に布陣している。


――出雲、吉備。


急速にまとまった北部九州連合に危機感を募らせた両国が、合従して突如こちらへ兵を向けてきたのだ。


俺たちは急遽、各国から兵をかき集め、防備を整えた。


だが問題は海だ。


出雲も吉備も、この時代には珍しく、本格的な海戦部隊を有している。


特に出雲は、日本海を縦横に移動できる外洋航行能力を持ち、吉備は瀬戸内で培った戦闘用の船団技術を誇る。


それに比べ、北部九州はこれまで“海は交易の道”でしかなかった。

沿岸漁船や輸送船はあっても、海戦を主目的とした艦隊はほぼ存在しない。


その中で、唯一まともに戦えるのが、会稽の大型船を持つ、邪馬壹国海軍だけだった。


都萬彦をはじめ諸王は、上陸してきた敵を迎え撃つ水際作戦を提案してきた。

この時代の人間たちは、まだ船の戦いの重要性を理解していない。


海上を敵に奪われれば、ありとあらゆる場所からの奇襲を許すことになるし、敵は前線までの補給路に一生困らない。


敵の奇襲を防ぎ、兵站を断つには、海の戦いを制することが必要不可欠だ。


唯一俺の考えに賛同してくれたのが奴国王だった。

2年前の邪馬壹国・不弥国連合との戦いで、海上からの奇襲で手痛い目を見たことを覚えているのだろう。


奴国王の後押しもあり、俺は連合海軍の総指揮権を与えられた。

……と言っても、編成された艦隊のほとんどは邪馬壹国の船と兵だ。


他国の王たちは、まるで「好きにしろ」とでも言わんばかりで、海軍部隊の動きについて口出ししてくることはなかった。

その代わり、積極的な援護も期待できない。


結局のところ、海の戦いに本気で向き合う気があるのは、俺と奴国王くらいのものだ。


「まあ、好きに動けるならそれでいいさ」


俺は短く呟くと、艦隊に出航を命じた。


潮が緩む夕刻、船首がゆっくりと北へ向きを変える。

帆が風を孕み、きしむ櫂音が一斉に響く。


邪馬壹国の大型船を先頭に、中型船と構造船の列が海原に伸びていく。


目指すは本州西部。

出雲・吉備の船団が現れるはずの海域だ。


俺は静かに息を吸い、荒れる海と戦場の匂いが混じった風を胸に入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ